第七十夜「全国行脚」命知らず談

やっと就職活動から帰ってきた命知らずです。 内定まだもらっていない。 結構重い話題になっていますね。 考えてみれば、こっちの世界でもあっちの世界でも、恨みつらみは人間に起因していますから。 たとえ気がつかなくても、境界線を一歩越えてしまうのは簡単なことで、取り返しのつかないことなのですよね。 その現実に肌で触れたはずでも、数年経てば感覚を忘れてしまう。 そんなじぶんがコワイです。 で、重い話は苦手なので、軽い話を一つ。 私が通っている大学のまわりにはなぜかお墓がたくさんあります。 十六方位、全てをお墓に囲まれていて、悪の結界でもはられているかのよう。 当然、大学の周りのアパートも囲まれています。 中には、「おふだ」がはってあるアパートも……実は結構ある(^^)。 いや、笑い事ではないな。 そんなアパートにまつわる話もあるのですが、これは大学構内で起きた話です。 工学部では、結構有名な話らしい。 その日、とある仲良し二人組み(仮にAさん・Bさんとします)は、集中講義に出るため構内をあるいていました。 すでに大学は夏季休業に入っていて、しかも時間は午前八時。人気がありません。 のんびり話しながらあるいていると、Bさんは前からお坊さんが歩いて来るのに気がつきました。 時代劇によくいる虚無僧の格好をした、頭に編み笠をかぶっているお坊さんです。 笠で顔は見えませんが、足袋を履いて、手には錫杖をもっていました。 ものすごい違和感を感じ、笑いたくなったのですが、本人の目の前でそんなことをするわけにはいかない。 Bさんは、お坊さんがすれ違って見えなくなるのをまって、Aさんに話しかけました。 「いまの坊さんおかしかったよなあ」と。 しかし、Aさんは話についてこない。訳のわからないような顔をしています。 「坊さんだって、虚無僧みたいな格好した」 しかし、Aさんはやはり話についてこない。 どうやら、そのお坊さんはAさんには見えていなかったらしいのです。 AさんもBさんも、互いに相手がふざけている。自分を怖がらせようとしている。 そう考えて、その時はあまり気にしませんでした。 ところが…… 翌日の朝、Bさんはまたお坊さんを見ました。 今度は二人。 ともに同じ格好をして、向こうからBさんにむかって歩いて来ます。 そして、すれちがいました。 しかし、やはりAさんには見えていないのです。 さすがにおかしいと感じたBさんは教室につくと、そのことを他の人にも話しました。 「それって編み笠かぶってるやつだろ?」 驚いたことに、他にもニ・三人、Bさんとまったく同じ体験をしている人がいました。 やはり見間違いではない。しかし、ただ見えるだけで何かしてくるわけではない。 そう思って、みなお坊さんを無視することにしました。 それから、「見える人」は毎日のようにお坊さんを見るようになりました。 お坊さんは見るたびにその数を増やして行きます。 三人・・・五人・・・八人… そして、人数が増えるにつれ、Bさん達の体調もだんだんとおかしくなり始めました。 はじめは身体がだるい程度だったのが、食欲がなくなり熱が出て…ついに、 立ちあがることすらきつくなりました。 お坊さんの数は、すでに何十人にもなっていて、道を埋め尽くして見えたそうです。 心配する周りの勧めで、Bさんはお寺で見てもらうことにしました。 お寺の住職は、Bさんを一目見るなり血相を変えて言いました(なんの説明もしていないのに)。 「たいへんです、あなたの後ろにたくさんの霊が見えます。このままでは、彼らと一緒に日本中を歩かなければならなくなりますよ」 もう一刻の猶予もないというので、他の見える人達も集めて、その場で除霊をはじめました。 結界をひいた中から一歩も出ずに三日三晩。 飲まず食わずで除霊を続け、除霊し終わった瞬間、住職もBさん達も意識を失って倒れたそうです。 そのあとの話しは聞いていませんが、はたしてお坊さん達は成仏できたのでしょうか。 Bさんたちは助かったそうですが。 多分今でも新しい仲間を探して、日本中を行脚しているのでしょう。 でも三日も食わないでいれば、そりゃ倒れますわな。下手すりゃそれが原因で死んでたかも。 機会がありましたら、次は去年の夏の話し。私の後輩のH君の体験した話しをしようとおもいます。 アパートの話しもそのうちに…こっちとあっちの両方を。  

第六十九夜「壁一枚の向こう側にて」イカ太郎談

ずいぶんとむかし、神戸の鈴蘭台に私は住んでいました。 そこは新築の建て売り住宅だったので以前にナニかあったわけではありません。 家が建つ前はちょっと水はけの悪い、湿地帯なだけでした。 家に入って右手に階段。 13段です。 登る時に、下から2段目、上から4段目と5段目はギシッと音がしました。 登った左右にあるドアは横にスライドさせて開けます。 右側は私の部屋。 左は居間で普段だれもいません。 母はいつも1階にいました。 内職でミシンを踏んでいたのです。 母の監視が無いこともあり、遊ぶのに都合がよかったのですが、母はゆっくり足を忍ばせ階段を登っては「こらっ」と私を叱っていました。でも回数を重ねてゆくと階段のきしむ音で様子を見にきたのがわかってくるようになりました。 ある日、私が本当に机に向かって勉強していたときです。 “…ギシッ…”階段の下から2段目の音がしました。 警報装置のようなものです。 私『あぁ。様子を見にきたな。でも今日はうしろめたくないから安心だぁ』 階段がきしまないところでも、登る音と布ズレの音がします。 “すた…。すー…すた…。すー…すた…。” 私『今日はこっちからおどかしてやれ。』 イタズラ心から私も忍び足で入り口に近づきます。 “すた…。すー…すた…。すー…すた…。” 一段づつ、ゆっくりと登ってくる足音に私は笑い声をかみ殺します。 “ギシッ” 上から5段目の音です。…ここで音は消えます。 しかし、不思議ではないのです。そこから背を伸ばせばこの部屋をのぞけるんですから……。 “すー…” 布ズレの音。 やった!ひっかかった!!私は前に出ました。 勝ちだと思いました。 私「わっ!!」 ……だれもいません…。 下では、母のミシンを踏み続ける音がしている…。 私は、そのコワイ階段を大急ぎで下りてゆき、母に聞いてみたのですが。 今日はそんなことをしている暇はなかったそうです。 今、思い出したのですが、階段を登りきらずに、顔を上半分だけ、ドアの下の方から覗かせていたのは本当にすべて母だったのでしょうか。 振り向いた私が勉強していたことがわかって立ち去る時、ときどき、音を出さずに気配だけが消えたことが確かにあったんですけど。  

第六十八夜「俺を見てる」ちょんびひげた談

初めての投稿です。 この話は今から5、6年前の話です。 当時、私は写真製版という仕事をしていたのですが、たまたまその時体調を崩しまして会社を休んだ時の出来事です。 時間帯は午前11時頃。 具合悪り~てな感じで寝ていました。 その時、急に体全体が動かなくなりました。 でもなぜか目だけは動くんです。 「あら~こらあ金縛りだぁ~」 と思った時、部屋のアコーディオンカーテンが、ガー!と勢いよく開く音が聞こえました。アコーディオンカーテンが頭上にあるので本当に開いたかどうか確かめる事が出来なかったのですが、開いた音は確実にしました。 その時に私の枕元で犬らしき物がグルグル回っているんです。 私は目玉しか動かすことが出来ないので見たくても見ることができません。 そのあとすぐ自分の頭上に人がいる気配がするんです。 しかも2人(女の人らしい)。 そしてその人達が話ている内容が聞こえて来るんです。 こんな話をしていました。 「寝てる寝てる、フフフフ(笑い声)」 「起こしちゃダメだって!クスクス(笑い声)」 そんな会話をしながら私の顔を覗くんですわ。 私もいろんな体験しましたけど、さすがに恐くてひたすら念仏唱えてました。 そうしたら体が楽になってきて金縛りが解けたみたいです。 そのあと、とてもじゃないけど寝るきがしなくて具合が悪いのにゲームやって起きてました。 あの2人はいったい何者だったんですかね。 聞き覚えのない声だったので・・・ 以上私の体験談でした。 今度はホモの幽霊に襲われそうになった話を投稿します。

第六十七夜「少年は生きている」夢思庵魅麗覦談

私のホームページ『怪談』を知った友人から、彼が昔、関わった話を思い出してもらいました。 彼が大学に通っていた頃に、泊まりがけで遊びに行ったグループがいた。その時、仲間の一人がビデオカメラを持っていて、みんなふざけて色々写したそうです。その中の一つのテープに変な物が写っているとのことでした。 場所はどこかのトンネル、時間は夜中の12時くらい。 あたりは真っ暗で、かろうじて街灯の明かりが照らされている。トンネルの中から、ふざけて手を振りながら歩いてくる仲間の女の子。 その右側奥のほうに7,8歳くらいの男の子が写っている。 手前の女の子は薄暗く写っているのに、その男の子はやけにはっきりと写っていて、半ズボンをはいていて後ろ向きに立っている事も分かる。あたりには民家はなく、こんな夜遅くに一人でいるのはおかしい。しかも、女の子はこちらに歩いてくるのに、その男の子は後ろを向いたままぴくりとも動かない。 仲間内で、幽霊の写っているビデオということで大騒ぎになった。 うわさを聞いて、ビデオを見たいという人が出てくる始末。得意げにビデオを貸したそうだ。で、ビデオを見た一人が言う。 『これって怖いよな』 『横顔が見えそうで見えないところが特に』 おかしいんですよ。 男の子は後ろ向きに立っているので、横顔が見えるはずはない。次に貸りた奴が言うんです。 『振り返ろうと、こっちを見ている右目が怖い』って 手元に戻ってきたビデオを改めてメンバーで見たそうです。 トンネルの中から歩いてくる女の子。 その右奥の方で男の子が後ろ向きに立って顔を横に向けて右目だけがこちらをにらんでいる。 みんな震えが止まらなかった。 その少年はビデオの中で生きている。 きっと、こっちに振り向いたときに何かが起こるんじゃないかって。私の友人はそのビデオを見ていません。なぜなら、彼がそのビデオを借りる前に処分されたからです。  

第六十六夜「時速90km/h車吹っ飛び事件」犬神談

怖い話ではないですが、ちょっと不可解な事故の話を一つ。 以前、友人と峠に行った時の話です。その時僕は、友人の車の助手席に乗っていました。狭い峠道で友人の車はインテグラ、その時バトルをしていた車はセリカでした。車の性能は向こうが上にもかかわらず、友人はフットブレーキでテールスライドさせながらジリジリとセリカに追いついて行きます。 速度は約120km、一速落として夜景のよく見える右コーナーを抜け、直後の左直角コーナーを素晴らしいライン取りで抜けるとセリカまで後少しというところまで追いついていました。この後は大きな複合コーナーまで60mほどストレートがあります。 上手くスピードに乗せれば100kmオーバーで複合コーナーに侵入することが出来るので、友人は一気にアクセルを全開にしたのですが、その時……何故か「右」にテールスライド。 速度は90km~100km。 右側はボロいガードレールを隔てて深い谷。 侵入角度が浅かったせいか、ガードレールに擦り、一度跳ね飛ばされてからもう一回右にスライドして今度は正面からガードレールとご対面。ガードレールの作りが良かったのか、転落は免れたのですが、後々考えてみるとこの事故には二つ不可解なことがあります。 1.FFなのにいきなりテールスライドしたこと。 2.なぜ一回ガードレールに擦った後にもう一回右に滑ったのか。 ちょっと車に詳しい人ならば分かると思いますが、一回目、アクセルを踏んだ瞬間にテールスライドした時は、前のコーナーを抜けた後、完全にロールが安定してから踏んでいるので、姿勢が乱れることはマズ無いはず。(というか、FFでアクセル踏んでテールスライドするなんて普通はしない) 次に、一回バウンドしてガードレールにぶつかった時ですが、想像してみてください。一度ガードレールでバウンドした車が、もう一度谷に引き寄せられるようにテールスライドしたんです。モチロン、リヤはぶつけていないので、それも物理的におかしなことです。まるで頭にヒモでも付けて引っ張ったように動いています。(ブレーキ痕でも確認した) いろいろ考えてみたんですが、結局原因は解らず仕舞いでした。 唯一考えられるとしたら、それの前日に宮ヶ瀬ダムの自殺の名所「虹の大橋」で撥ねた幽霊らしきもの位でしょうか……。走っていた場所は、相模湖インター近くという、幽霊目撃談が死ぬほど一杯ある地域の城山湖に向かう峠道した。 ちなみにこの友人と僕はその辺で色々見てます。あっちの世界を。 その話はまたいずれ。  

第六十五夜「侵入者」Ciel談

さて、何か自分で体験したことがあったかな?と、古い記憶を辿っていたら、ある出来事を思い出しました。あまり恐くはないし、人に話すことでもないお恥ずかしい話も含みますが、良かったら読んで下さい。 20歳の頃、私は地元の愛知を遠く離れて、九州にある某大学に在学していました。その頃の私は、今と違って、結構人見知りする性格だったので、遠距離で周りに知り合いが誰も居なかったことも手伝って、入学してから徐々に話す友人も減り、とうとう学校に顔を出さなくなりました。 心配して寮に来てくれた人も数人居たのですが、常に居留守を使っていたので、そんな人達とも疎遠になり、昼間寝て夜町へ出るといった、不規則な生活を続けていました。 そんな生活も半年くらい続き、肉体的にも精神的にもかなりまいってた時期のお話です。 全然学校に出なかったのですが、3年生に進級してしまい(うちの大学は2年から3年はエスカレーター式なので)学校を辞めて地元に戻ろうか、それとも無理してでも残って卒業までは居ようか悩んでいました。そんななか、徐々に精神的に憔悴していく自分がはっきりと感じられました。相談できる人が誰も居なく、また人と話す機会も殆どなかった為です。 そんなある日の夜、うとうとしていると、いきなり金縛りにあいました。 今は全然金縛りはないのですが、その当時はよくあいました。 きっと不規則な生活がそうさせたのだと思います。 いつもなら、何事もなく時間が経てば金縛りが解けるのですが、今日のはいつもと何か違うのです。 なにかが…… 「あれ?おかしいな……」 私はたゆたう意識のなかで、そう思いました。 すると、部屋の中に「何か」が居るのです。目を閉じていたので、見てはいないのですが、気配ははっきり感じます。 でも、どうやら人間ではないような……動物(?)みたいな、そうとも言えないような感じなのです。 いきなり「何か」が、私に侵入してきました。 後頭部のあたりに、「何か」が入り込んでくる感覚がはっきりと分かります。 「いやだ……」 必至で抵抗しますが、徐々に頭の奥に入り込んできます。 「何か」がどんなものか、だんだん分かってきました。 それは、純粋な「邪悪」と表現できるような存在だと思います。 金縛りにあいながら、顔つきが変わって行くのが分かります。 目が釣りあがり、口が裂け(?)て、どうどん自分の表情が人間から離れていきます。 でも、どうすることもできません。 「もう、どうでもいいや……」 諦めの気持ちが私を満たします。 その時、ふっと金縛りが解けました。 こうしてようやく、私は開放されたのですが、今でも思うことがあります。 「そういえば、奴は私から出ていかなかったな……」  

第六十四夜「震災」健康優良児談

「許せない話」  健康優良児さん談 2回目の投稿です。 僕は兵庫県神戸市に住んでいます。 もちろん震災の時にも神戸に住んでいました。 震災直後は大阪や近隣の町々から救援活動に来て下さった方がたくさんおられました。 でも中には人間とは思えない事をしていった人々がいるのをみなさんに知って頂きたいです。 震災直後、神戸の中心の三宮は壊滅的な被害を受け電灯も無い、真っ暗な道がたくさんありました。 僕の友達の友達で由美さんとおっしゃるOLをしている方がいました。 由美さんは三宮の某電機会社にお勤めしていました。 ある日由美さんは残業で遅くなり、駅までの帰り道にどうしても真っ暗な道を通らなければなりませんでした。 震災前なら夜中でも明るい商店街の道なのですが、その時は真っ暗な人気の無い道に変わってました。 その日から由美さんの状態がおかしくなり、会社を無断欠席するようになったそうです。 彼女の父親は心配になりなにがあったのか問いただしても、泣いて話そうとはしません。 困った父親が由美さんの親友である僕の友達になにがあったのか一緒になって聞いてあげて欲しいと頼んできました。 そこで僕の友達と父親が一緒になって話を聞く事になりました。 やっと彼女の口から出てきた内容は、この世のものとは思えない内容でした。 由美さんはその真っ暗な道で集団でレイプされ、写真やビデオを撮られたそうです。 もしバラしたらどうなるか解るだろ、と脅されたそうです。 ただ彼女をレイプした奴等は大阪にある某建設会社の作業服を来ていたそうです。 でも由美さんはどこの会社か言わず大阪の建設会社としか言わなかったそうです。 震災直後は復興の為に無数の建設業の会社の方々が近隣から来ていたので特定はできませんが由美さんのお父さんは必死で探したそうです。 由美さんはあまりのショックで事件のあった1週間後に自分で命を絶たれました。 その後そういった事件が多発しているのが明るみになり自警団の方々による夜間パトロールが行われ、そういった事件がなくなりました。 ただもう少し早くパトロール等が行われていれば由美さんは生きていたのではと悔やまれます。 その話を聞いた僕の友達の夢枕に由美さんが立った。 と言っています。 すごく悲しそうにこちらをみて泣いているそうです。その友達は 「すごく無念だけど、私にはなにもしてあげられないの。ごめんね由美。ごめんね」 と言うと消えていったそうです。 由美さんのお父さんは事件以来、めっきりやせ衰え今ではノイローゼにかかってるそうです。 震災で亡くなられた方々も大勢いますが、震災の影でこういう不幸な親子がいた事をみなさんが知っていて欲しいです。 またこういう人間の姿をした悪魔がいる事も知っていてください。 後、震災復興の為に来ていただいた近隣のみなさまがこんな人達ばかりだと思わないで下さい。 ほとんどみなさんイイ人ばかりだった事も知っていて下さい。 最後に震災復興の為に来ていただいた近隣のみなさま。 ありがとうございました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「人間って..」 かずやんさん談 健康優良児さん、人間ってもんを考えさせられました、あのときは。 あのとき、普段はいい顔してたひとが水の配給で横入りしてたり、また、近所に住む金髪のヤンキ-のに-ちゃんが一生懸命救助活動をしたり…… 人間って……そうゆう状況になって見て初めて本当の自分ってもんがでてくるのでしょうね。 以外とその事件の犯人も、普段は温厚な人間かもしれません。 人間って…… ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「悲しい話ですね…….」 犬夜叉さん談 健康優良児さん、私は阪神大震災の時高校3年生でした。 私の高校はミッションスクールでしたので、ICU高校や青学高校らキリスト関連高校と共に、ボランティア団を派遣しました。 当時推薦入学も決まり何もすることが無い我々に白羽の矢があたりました。 現地について唖然としました。恐いような、悲しいような、人間としての挫折のような感情…… ついさっきまでいた都会はこんなにもろく崩れてしまうものかという……人生観は変わりました。 私達の仕事は、配給品の分配と瓦礫の掃除でした。 仕事しながらも、そして今も思い出すととても複雑な心境で、ただ一生懸命仕事している人たちを見て、捨てたもんじゃ無いな日本も……と思っていました。 しかし頭にくることが幾つかありました。 (1)大学のボランティアサークルの人たちが、自分達の専門だといわんがばかりに、えばって、一般の(私達の様な)ひとたちに仕事を与えないのです。 かといって人一倍仕事してるかと言えば、人数足りなくてはかどってない、結局我々の仕事は瓦礫掃除と配給だけで、専門家もなにも関係ないのに…… 理屈と知識で仕事を混乱させていると、私達は思っていました。 もっとも……私達も最後のほうは無視していましたが。 (2)私達の宿舎が良すぎる……冷暖房完備3食でる。 地元の人に罵声を浴びせられました。 (3)スイスの救助犬が派遣されました。私は犬博士と呼ばれ、犬の事なら何でも知ってます。 ですからスイス犬が来ると聞いて、頼もしく思えました。 しかし政府はその犬を検疫所に入れてしまいました。 スイスの救助犬は、風呂釜に垂らした血液一滴を嗅ぎ分ける優秀な犬で、一匹の値段は1千万円ぐらい、そんな犬が狂犬病のわけねーだろ! まだ人が瓦礫の下にいるんだぞ! そんなこんなで、補橋工事も大事ですが、私達日本人の災害時の精神的改革が必要だなと思いました。 シリアスな話になってしまいました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「返信有難うございます。」 健康優良児さん談 Cielさんに教えていただきここのHPを隅から隅まで観させて頂きました。 メチャクチャ怖い話&面白い話にいつも楽しく拝見しております(^^) 今回の話は実際に自分の身近に起きたショッキングな出来事でした。 ショックを受けたと同時に皆さんと同様、人間の在り方についても考えさせられました。 文中にも書き込んでいますが救援活動に来て頂いた方々は大変いい人ばかりでしたので皆さん誤解しないで下さいね(念のため(^^) なんかすっごく読みにくい投稿なのに、返信して頂き有難うございます。 これからも書きこみ&読み込み(?)させて頂きますんでよろしくね。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「まぁ、ねぇ。」 イカ太郎さん談 あの日以来何年経ったのか、解っていても解ってないような気がします。 具体的に話せるのはもうちょっと先かなぁ。 まぁ、別次元の関連話についてはちょくちょく出していこうと思います。 ”こっちの世界ゾーン”の方にでもね。 まっ、なにはともあれ、みなさま今後ともよろしく。  

第六十参夜「相模湖周辺心霊スポット一覧」犬神談

=自殺の名所「虹の大橋」= ●ポスト相模原病院として、近年人気を集めるスポット。 最近では「GON!」にも紹介されましたね。 結構洒落にならないです。 近所の人に聞いたら、確実に月に一人はダイブしているとか。 誇張ではなく、常に花束の絶えない橋です。 ●ここを通った時に、犬のような物を撥ねたんですが、急停車して確認したがその痕跡は見られず。 他の人は「橋の上で、突然眠くなって事故を起こしかけた」と言っていました。 ここからダイブすると、死体は殆ど上がらず、靴と金網に空けた穴だけが残るそうです。 宮ヶ瀬ダム、ヤビツ峠付近です。 ------------------ =城山トンネル= ●トンネル内部のシミが人の顔に見える。 僕は見えなかった。 でも怖かった。 ------------------- =八王子城址跡= ●通称「首洗いの滝」があります。 撥ねた首をその滝で洗っていたとか。 知人で、公園内をそこへ向かう途中、手に持った数珠が突然締まって怪我をした人がいる。 ●僕が行った時は月夜なのに真っ暗になった。(木々の隙間から月が見えなくなった。当然無風状態) 昼間に確かめたが、ちゃんと空が見えた。絶句。 ------------------ =津久井湖= ●雨の日の夜に橋を渡っていると、首の無い人がオートバイで追い越して行く。 (この橋は、ダムではなくもう一つの橋です。) ●霧の日に橋を渡ると、何時の間にか相模湖大橋を渡っている。 (この橋は、ダムではなくもう一つの橋です。) ●周回道路のトンネルでクラクションを3回鳴らすと4回目が聞こえる。 ●霧雨の日に、水面に人が立っている。 ●ボートに乗っていたら、水の中にワケのわからない巨大な魚(?)が…… 目測1.7mくらい。 形は流線型だったので、鯉かも?まさかね。 未だ正体不明。 ------------------ =相模湖= ●昔、テンパった暴走族が相模湖大橋のアーチ部を単車で上った。 当然転落死。 その時のタイヤの跡や人の足跡がアーチ部に付いたまま今も取れないでいる。 よおく見るとちゃんと見えます。 ●UFO目撃談多数。 ------------------ =ヤビツ峠= 宮ヶ瀬から丹沢を横断して秦野へ抜ける峠道。 巨大フクロウ、クマ、笑う犬等の噂があり。 ------------------ =相模湖、津久井湖、城山湖、宮ヶ瀬ダム、道志川= 何故かこのあたりでは「夜に橋から下を覗くな。死者に呼ばれる」と言われている様です。 確かにこのあたりは自殺が多いらしい。 ------------------ =番外編= 相模湖ピクニックランドの羊はハゲているらしい。 あと汚い。うんこ付けるな。

第六十弐夜「怖いけど悲しいお話」健康優良児談

どうもはじめまして。 これは僕が初めて幽霊というものを見たお話です。 僕が小学校1年生になり初めての夏休みを満喫していた頃でした。 僕の家の近所に順子ちゃんという女の子が住んでいました。 順子ちゃんとは学校も同じクラスで、いつも一緒に遊んでいました。 よく彼女の家にも遊びに行って彼女のお母さんにも色々お世話になりました。 僕は順子ちゃんの事が大好きでした。 初恋の人でした。 でも彼女とお別れの日はその夏休みの7/27にきました。 7/27……僕は順子ちゃんといつものように公園で遊んでいました。 僕と順子ちゃんは砂遊びが大好きで、いつも砂まみれになっては順子ちゃんのお母さんや僕の母に怒られていました。 その日もいつも通りドロドロになってしまいました。 「順ちゃん。こんなにドロドロだとお母さんにまた怒られちゃうなぁ」 僕は順子ちゃんに笑いながらそう言いました。でも順子ちゃんは少しさみしそうに、 「……。でもお母さん昨日からおれへんねん。どっか行ってしもうてん。」 と言うのです。 僕は小さかったせいか意味がよく解らなかったので、 「ふ~ん。」 と言って聞き流していました。 そして夕方になりそろそろ帰ろうかと言おうとしました。 その時、順子ちゃんのお母さんが砂場の端に立っていました。 そして優しく僕達を見下ろしていたのです。 「あっ!お母さんや!お母さんや!!」 順子ちゃんは大変喜び、お母さんの方へと走って行きました。 「なんや、おばちゃん。びっくりしたやん。おるんやったら声かけてや。も~。」 僕はびっくりして順子ちゃんのお母さんに文句を言ったのを覚えています。 「あぁ。まあくん。びっくりさせてもた?堪忍な」 順子ちゃんのお母さんは優しく誤ってくれました。 「さっ、順子。そろそろお家、帰ってご飯食べよ。まあくんもそろそろお家に帰りなさいね。」 と順子ちゃんのお母さんと順子ちゃんは僕をおいて家に帰りました。 7/28……朝起きて恒例のラジオ体操に行きました。 いつもならラジオ体操の帰りはいつもの公園で順子ちゃんとセミをとってりして遊ぶのが日課になっていました。 けれどもその日は順子ちゃんがラジオ体操を休んでいたので仕方なく、真っ直ぐに家に戻りました。 すると父や母がなにかしらバタバタと慌てていました。 「なんかあったん??」 僕は母に尋ねました。すると母が青ざめた顔で 「順子ちゃんのお母さんがな、亡くなりはったんや!」 というのです。 僕はびっくりしてしまいました。 昨日はあんなに元気だったのに 「嘘や!嘘や!だって昨日、おばちゃんに逢った時、おばちゃん病気とかじゃなくて、すっごい元気そうやったで??!!」 僕は泣きながら母に言いました。 すると父と母が神妙な顔つきで、 「……まあ坊、それほんまか?昨日おばちゃんにあったんか?」 と言うのです。 僕は昨日の公園の話を母に言いました。すると母がいきなり泣きながら、 「死んでも順子ちゃんの事が心配やったんやわ。可哀想に・・・。」 と言いました。 僕はその時はパニック状態になっていたので詳しい話は聞きませんでした。 夏休みが明けて学校が始まりましたが順子ちゃんはもういませんでした。 なぜなら7/30に順子ちゃんのお母さんのお葬式が終わってすぐにどこかに引っ越してしまったからです。 母に詳しく話を教えてもらい真相が解ったのですが僕と順子ちゃんが公園で遊んでいた日の前の日、7/26に順子ちゃんのお母さんは近所の幼稚園の用具倉庫で首を吊って自殺していたそうです。 原因はわかりませんが遺書には 「順子の事よろしくお願いします。」 と書いていたそうです。 僕が見たあの順子ちゃんのお母さんは幽霊だったようですが全然怖くなく、とても優しかった生前の順子ちゃんのお母さんと全く一緒でした。今はどこに行ったか解らない順子ちゃんですが昔と変わらず元気で居てくれたら幸いです。  

第六十壱夜「クレヨン」写楽談

私が大学を卒業し、今の事務所に勤めるようになってから7年ほどの歳月がたちました。当時、好景気のまっただ中で、数ある求人情報から何気なく選んだ就職先でしたが、バブルがはじけた後でも何とかやってけるような状況です。この不景気の中、なかなかいい物件に当たらないとお嘆きのあなたに私から物件選びのアドバイスを一つ…… 噂のある部屋を選んでは? よく、やすい物件には必ず何かうらがある。 たとえば、その部屋で自殺者がでたとかお化けが出るとかって…… うわさでよくいってますよね。 でも、これは本当のことなんですよ!! この話は、私が直接体験した話ではなく入社当時、非常にお世話になったTさんから聞いた話です。 Tさんは 私より3歳年上何ですが、おしゃべりが好きで、いつも冗談を言って私を楽しませてくれます。 そんなTさんが珍しくまじめな顔で、私に話してくれました。 Tさんが不動産業に就職して、友人から結構 頼まれたそうです。 安くて いい物件があったら教えてくれって…… Tさんもなるべく友人の希望にこたえていました。 ところが、友人の一人にこんな予算じゃとても一軒家なんて借りれないよと言うような無理な注文をされて、さすがに断ったそうです。 その人も、そうだよなといって引き下がったそうですが、しばらくしてTさんに電話がありました。 『あの値段で一軒家を借りたよ!!』って 郊外ならともかく、都内のあの場所では考えられないような家賃だったそうです。 普通の家では…… その友人から連絡がありました。 その友人の第一声は 『おかしいんだよ...』 話を聞いてみると、こういうことだった。 引っ越しの荷物を運び終え、とりあえず生活に支障がでないものだけ運び終えたとき電話のわきに青いクレヨンがおいてあるのに気づいた。 特に気にもとめず、引っ越しを手伝ってくれた仲間と一緒に飲んで、そのまま雑魚寝したそうだ。 その家に泊まった人間がみんなおかしな事を言う。 夜中に誰かが壁をたたいてうるさくて眠れなかったとか、子供が騒いでいたとか。 昼間ならともかく真夜中にそんなことは…… その家に駆けつけたTさんは、家の中に入ってから訳の分からない違和感を覚えたそうだ。 そして、すぐに気づいた。 外から見た間取りだと、一部屋足りない。 どう考えても、奥に一部屋あるはずだ。 友人と二人で、真新しい壁を崩してみたところ思っていたとおり奥にはもう一つ部屋があった。 中に入ってみると 壁じゅうに だして だして おとうさんだして おとうさんだして おとうさんだして おとうさんだして 青いクレヨンで書いてあったそうだ。