第二十夜「太鼓の音」魔美談

私はとっても怖がりです。 でも怖い話は大好きです。そんな私が体験した怖い話です。だから当然実話です。 高校生の頃の話です。私の地元は超の付くほどの田舎です。電車は2時間に1本です。そんな事はどーでもいいか・・・。 ある夜11時頃遠くから太鼓の音が聞こえました。部屋で1人本を読んでいた私は耳をそばだてるのですが、祭囃子のようにも聞こえるものの、遠くから聞こえるためはっきりとは聞くことはできません。田舎ですから離れた地区の人達が祭りの太鼓の練習でもしているんだろうと思って気にも留めませんでした。そろそろ寝ようか、私はあっちの世界に足を踏み入れているとも知らずにそのまま布団に潜り込みました。 それからすぐに私は金縛りにかかりました。 初体験は中学生。もう慣れたものです。ほうっておけば解けるだろう、安易な気持ちで構えていました。ふと、太鼓の音がどんどん近づいて来ていることに気が付きました。 これはやばい、あっちの人達と接触するのはゴメンだそう思って目を硬く閉じ解けることを待ちました。しかし一向に解ける様子はなく太鼓の音はもう私のそばにまで来ています。あまりの恐怖にどうすることも出来ず当然金縛りだから指も動きません。助けを呼びたくても声も出ません。その時ふと中学時代憧れていた人のことを思い出しました。 彼は般若心経が好きでした。 何とかなるか、一か罰かの気持ちで心の中で唱えました。 まかはんにゃーはらみた、じーしょうけんおんかいくう・・・・・・・・・・・ だんだん金縛りの力がよわくなっていきました。 楽勝、私は心の中でVサインを出していました。 太鼓の音は少しづつ離れて行き金縛りももう解けそうです。 どこまで唱えたのでしょうか、もうすっかり記憶の隅に追い遣った憧れの人with般若心経。曖昧になっていき、ついに経文が全く思い浮かばなくなりました。 やばい、そう思った瞬間足のつまさきから頭のてっぺんまで細い紐でらせんじょうにぐるぐるまきにされるような衝撃をうけました。そして今まででは考えられないような強い力。今までいろんな体験したけどけど、こんなすごいのはじめて。などとかわいいことを言ってる暇はありません。太鼓の音は部屋中に響き私の頭は割れそうです。 だめだ連れていかれるーーーーーーー ;_; 私は覚悟を決めました。このまま引っ張られてあっちの世界に行くことを。こんな事で死ぬなんて人間の命ははかないもんだい。心の中の私は、さいごの力を振り絞って叫んだつもりでした。 連れてく気なら連れてけーーーーーー >0< その時突然金縛りは解けました。太鼓の音は段々離れていき終には聞こえなくなりました。私はしばらく呆然としていました。そのうち眠りにつきました。 次の日の朝、母親にその事を伝えると母親は全く信じてくれませんでした。それもそのはず、季節は冬。お祭りの練習などあるはずも無く、まして太鼓を11時過ぎにたたくなどということは近所の手前何処の地区でもやらないと…… あれはなんだったんだーーーーー @0@; いまだに太鼓の音を聞くとあの夜を思い出しとても怖くなります。 今後私をもしあっちの世界に連れて行きたいのなら手荒な真似は止めて欲しいです。

「スターボーズ」いたこ28号談

『空手バカ一代』を皆さんはご存知だろうか? 1971年から『週刊少年マガジン』で連載された、原作が梶原一騎、作画がつのだじろう、の劇画漫画である。主人公の空手家が世界中の格闘家と死闘を繰り広げる、最強になりたい昭和の中二病な男の子達に影響を与えた空手活劇だ。私も例外ではなかった。入学した大学にフルコンタクト空手(直接打撃制の空手)部があることを知ったその日に、衝動を抑えられず入部届を出した。『空手バカ一代』の影響をモロに受けた先輩達には色んな意味で凄い人が沢山いた。 男子寮で先輩達が鍋をするからと誘われて行くと、そこには煮えた鍋と皿のみが置かれていた。 ……箸がない。 「素早いスピードの突きで具をとれば熱くない!」 「押忍!」 煮えたぎる鍋の中にマッハの拭き手! 誰一人成功せず部屋中は飛び散った鍋の具が散乱した。 圧縮バット三本を手刀で折る先輩は金属バットを手刀で折る夢を見た。 夢の中で大山館長曰く…… 「キミなら金属バットを破壊できるよ」 「押忍!」 正夢に違いないと金属バットに手刀一撃。 ……腕を複雑骨折。 練習は厳しいが『押忍!』の精神で劇画漫画の世界をリアルに挑戦するエピソード満載の毎日が刺激的で楽しかった。 そんな中に組手がむちゃくちゃ強い先輩がいた。仮にA先輩としよう。A先輩はあまり練習に来ないが、組手の練習がある土曜日には必ず来る、 「実践こそ空手道!押忍!」 の持論から、夜な夜な街に繰り出し喧嘩自慢と戦っているとの噂もある実践空手バカな人物だ。 そんな男臭い先輩に念願の彼女ができた。 愚直な先輩は愛する人をいつでも守れる為に自宅からの通学をやめ、大学の女子寮にいる彼女の近所に住むと決めた。と言っても、季節は七月。大学の周辺で値段が安く空いている部屋を見つけるのは難しい。不動産屋さんに頼み込み、空いているアパートをなんとか紹介して貰ったのだが……。 そこは学生達の間でも有名な幽霊物件であった。 霊が出る部屋なのだ。誰も住めないから空いているのだ。 失恋で首を吊り自殺をした学生がいた、顔面をハンマーで殴られ殺害された事件があった、孤独死しでグズグズにトロケた老婆の遺体があった、等……嘘か本当かわからない不気味な噂が飛び交う部屋だ。ただ、幽霊が出るという噂については、かなりの信憑性があることだけはわかっていた。 「幽霊屋敷に住むのも空手道!押忍!」 と、先輩は私にはよくわからない持論でその部屋に住むと決めた。私は心配しながらも……どうなるか興味津々だった。 そんな先輩は引っ越しが終わった日を境に、必ず参加していた土曜日の練習にすら来なくなった。 幽霊物件と関係があるのか?空手バカであり怪談バカな私は先輩が何らかの心霊現象を体験しているのではと、話を聞きたくて聞きたくて堪らなくなっていた。 ひと月程が過ぎた頃、大学の食堂で先輩を見つけた。先輩は食事をするでもなく、席に座り窓の外に広がる芝生を無表情で眺めていた。 「押忍!」 私の挨拶に少し驚いた顔を見せた先輩を気にせず質問をした。 「先輩!幽霊でましたか?」 少しの沈黙の後。 「幽霊か……出たよ」 引っ越しを終えた二日目の夜に、怪奇現象が起こったという。 築三十年、二階建ての五部屋ある木造のアパート。一階の角部屋が先輩が引越した部屋。台所とトイレはあるが風呂は無い六畳一間のカビ臭い和室だ。家具は机があるだけという殺風景な部屋である。 その日は布団を部屋の真ん中に敷いて眠った。初めはクーラーの室外機の音だと思った。やがてその音は先輩が寝ている畳の下に移動し、それはクグモッタ男の声でブツブツと意味不明な言葉を呟き続けているのが分かった。気になってくると眠れない。五月蝿いのでアパートの下の住民に文句の一つも言ってやろうか……。いや、この下には部屋はない。床下に人がいるわけがない。 声は大きくなる。……お経だと分かった。男が畳の下でお経を絶叫しているのだ。 飛び起き畳に正拳突き! 「うっ」 お経を唱えていた主が絶句した。 「消えたので熟睡できたよ」 正拳突きで霊を祓うことが可能なのですか、とビックリする私に、先輩は「気合」と言う。土曜日の練習に行かなかった理由は大学の課題が大変だったから。「押忍!」さすが先輩! 「彼女とはうまくやってるよ」 しかし…… それから一週間後。食堂で座る心ここにあらずという表情の先輩がいた。「押忍!」と挨拶を済ませると、失礼だと考えながらも我慢できず幽霊は出たのかと聞いた。 「出たよ」 大変だった課題を終わらせた夜、眠っていると息苦しさで目覚めたという。身体が動かない。とにかく身体を動かそうともがいていると、仰向けで寝ている先輩の足元に女が立っていた。白い着物を着た女。首を少し前に曲げ、顔に掛かる長い前髪で表情は見えない。 「王道ともいえる幽霊の姿で出やがった」 と呆れながらも、目をそらしたら負けだと本能的で感じ女から視線は離さなかった。 睨みあう女の幽霊と先輩。 数分間の沈黙が続き、女は左右に首を振ると、ゆっくりと歩き出した。すり足で、先輩が寝ている布団の周りを歩くのだ。何度も何度もゆっくりゆっくりと……。 「何か仕掛けてくるかと覚悟をしたが。それだけなんだよな……で、金縛りだったんだけど、いつの間にか眠っていたよ」 「寝ちゃったんですか……」 次の夜もその女が出たという。 「問題なかったよ。俺には女を歩けなくする作戦があったから」 部屋の壁際にある机の前に布団を敷いた。そうして、上半身を机の下に突っ込んで眠った。 「こうすれば机が邪魔で、俺の周りを歩けないだろう?」 ……私は先輩が何を言っているか理解できなかった。 真夜中。昨夜と同じように息苦しくなり目覚めると金縛りで身体が動かない。女が足元に立っているのが、机の下から見えた。 そして女が布団の周りを歩き出したが……机の前で立ち止まった。作戦が成功して机が邪魔で歩けないようだ。 先輩は机の下で「勝った」とほくそ笑んだ。 机の下から女がゆっくりと膝を曲げているのが見えた。屈んだので女の顔が見えると同時に、グッググググッと机の下に上半身を突っ込んできた。目の前に女の顔が、女の髪が顔に覆い被さる。蒼白な顔に見開いた目。目玉は黒一色で白い部分が無かったという。 女が金切声の悲鳴を上げると同時に、先輩は金縛りが解けて慌てて身体を起こした拍子に頭を机の底に強打した。痛さで転げ回る先輩に、女がバカにしたように嗤う声が部屋に響いた。 「空手を嘗めやがって。幽霊に売られた喧嘩を買ったよ」 私は空手は関係ないと思ったが、先輩の語りの腰を折りたくなかったので疑問は黙っていることにした。 次の日の夜。先輩は部屋の真ん中に布団を敷いて女を待った。眠っているふりをしていると突然金縛りになり……女が枕元に現れた。 丹田に息を送り込む。 空手独自の呼吸法「息吹」で金縛りが解けた。 「馬鹿野郎!」と叫びながら飛び起き 女の顔面に正拳突き。 あっ!と驚いた表情で女は弾けるように消えた。 「一発かましてやったら、その日から幽霊は出なくなったぞ!」 凄いぞ先輩!幽霊に勝った! 大変だった課題も今週で終われそうだ。来週から練習に出るから頑張ろうぜ!と威風堂々とした後ろ姿で食堂を出ていく先輩はカッコ良かった。 空手最強!先輩最強!押忍! しかし先輩は練習には来なかった。げっそりとやつれた先輩を食堂で見かけたのはその三週間後だった。「押忍!」と挨拶をするやいなや「先輩!幽霊どうなりました?」と訊いた。こんな姿に先輩がなっているのは、あの幽霊が関係しているとしか考えられない。 「幽霊か……。あれは参ったよ」 先輩は疲れ切った様子で語りだした。女の幽霊を正拳突きで蹴散らした一週間後の夜のことだという。 「勝ったと確信していたので、熟睡していたんだ」 仰向けの状態で寝ていた先輩は、突然目がさめた。 身体が動かない。いつもの金縛りだ。 丹田に息を送り込む……が、解けない。身体が動かない。 首がぐっと自分の足元を見るように曲がった。 自分の意思ではなく、何らかの力がかかっている。 無理な体制で首を曲げられているので呼吸が苦しくなってきた。 ……足元から紫色の霧が湧き上がってくるのが見えた。 霧の向こうから、大勢の男達がお経を読む諷経(ふうぎん)が響いてくる。 部屋の空気が諷経の振動で揺れた。 足元の数十センチ上にある霧の中から、ゆっくりとドッチボールぐらいの大きさがある赤色の丸いもの出てきた。 初めは何か分からなかったが、それが綺麗に剃り上げられた人間の頭頂部だと判った。 頭頂部はグルンと上に返ると睨んできた。 赤鬼のように真っ赤な形相をした男だ。 紫の霧の中からゆっくりと頭から肩と……胸のあたりまで押し出されてきた。 赤い坊主は仰向けで金縛りになっている先輩の体の上を顔に向かって空中を平行に移動しながら迫って来た。 眉間に深いシワを作り、睨みつける目からは強烈な殺意を感じた。 このままでヤ(殺)られる。 坊主の顔が顔に向かって迫って来る。 「目の前で爆発したんだ」 坊主の顔が弾けた。 腐ったトマトが爆発したように。 そこからの記憶がないという。 恐ろしい。先輩がやつれるのも無理がない。 「俺、あのアパートから出るよ」 「押忍!幽霊に命を取られる前にできるだけ早く出た方がいいです」 「……幽霊?スターボーズね」 「……スターボーズ?」 映画『スターウォーズエピソードⅣ』の冒頭に、煽りで巨大宇宙戦艦が飛んでくるシーンがある。あの映画のように、坊主が足もとから飛んできたので「スターボーズ」と名付けたという。 「映画のシーンを思い出して笑ったよ。坊主だし」 先輩は爆笑しながら、幽霊はその後も出たがお互いが干渉せず無視しあうことで共存できるようなったという。 とすると、先輩をやつれさせ、部屋から出る決断をさせた理由とは?… Read More »

第十九夜「八千代」夢育美談

大学2年の時に住んでいた習志野市から北へ向かうと、八千代市や鎌ヶ谷市があります。ずーっと先まで行くと「ゴーストタウン」として名高かった、「千葉ニ○ータ○ン」という団地がありましたが、夜中などは特に無気味で、よくサイクリングをしに行ったりしたものでした。< なにもんだオメーは……(-_-;) まぁ、若さもピークからちょっと下り始めの頃でしたが、何となく血のたぎりを抑えきれない夜などは(あぶね~なぁ……)訳も無く夜中のサイクリングに出かけたものでした。かなりのヤバ系です(爆)。 最初はそんな理由でしたが、段々夜中にサイクリングするのが楽しくなり始めました。夜の街っていうのは、全然顔が変わってしまって面白いんですよね。昼間には全く目立たないものが、急に目についたりして。いく先を決めずにふらっと出かけて、だいたい2時間くらいで戻ります。その後で道路地図を拡げて、おぉ、ここを走ってたのか……なんて一人悦に入っておりました。 変態ですね(爆死)。 そんなある日、前々から行ってみたいとは思っていたものの、距離があるのと、夜中はヤバそうだと思っていたので止めていた、「千葉ニ○ータ○ン」へ行ってみる事にしました。いく先を決めて出たのは、この日が初めてでした。 予め地図は記憶していたつもりでしたが、やっぱり途中で道を間違えたらしく、だんだん寂れた、森の中の真っ暗な道を走るコースになっていました。場所だけでも確認しようと思って、電柱かバス停を捜しましたが、どちらもなかなか出て来ません。やっとの思いで電話ボックスを見付けました。 電話ボックスには地名と号数で固有の名前が付いてます。それを見れば場所が分かると思ったのですが……電話ボックスはありましたが、プレートは付いてなくて、場所は分かりませんでした。ふと、電話ボックスから漏れる光で、側に立っていたバス停らしきものが目に止まりました。 らっき、と思って側によってみると…… それはサビサビで、絶対廃線になってうっちゃられてるに違いないという感じのバス停の標識でした。なんとか文字だけが「八千代なんたら」と読めましたが、時刻表なんか、完全に消えて枠もかすれてました。 うーん、方向間違えたなぁ、戻ろうか...と思いましたが、けっこう遠くまで来ていたので、この先まで少し行って、今日は帰る事にしようと思い直しました。時刻は、11:00をまわっていたと思います。しばらく両側が竹林の道を走っていると、少し開けた十字路に出ました。電柱と街灯があったので、何となくほっとした気持ちになったのを覚えています。 ふと、電柱の側に掘っ立て小屋のようなものがあるのに気付きました。良く見るとその隣にバス停が立っています。ははぁ、あれはバス停で、隣の小屋は雨避けとかバスを待つ為の小屋なんだな、と納得しました。しかし、屋根も壁も全部トタンで出来ていて、かなりラフ(笑)な作りです。高さも人の背丈くらいのものでした。ですが、私はもっと別の特徴に興味を引かれました。小屋の前面も、ぴったりとトタンで覆われていて、つまり、全く入り口が無い状態だったんです。要するに、全く役に立たない雨避け小屋だったんですね。 何でだろう?と不思議に思い、近付いてみました。 すると、遠くからでは分からなかったのですが、トタンの隙間から、オレンジ色っぽい光がちらちらと漏れているのに気付きました。更に近寄ると、小屋の右側面が扉になっていて、中に入れるようになっていました。な~んだ、と思いましたが、中から漏れる光が気になります。少しだけ扉を開けてみようとしましたが、カギが掛かっていました。 あれ?やっぱり変だなぁ…… ふと、右上のトタンが少しはがれているのが分かったので、思い切って覗いてみる事にしました。そこで私が見たものは……無数に並ぶ石のお地蔵さまと、一本ずつ立てられたなん百本あるか分からない程の大量のろうそく!!オレンジの光は、揺れ動くろうそくの炎だったのです!!……予想もしていない光景に、ただただ呆然としてしまった私は、その後は猛然とダッシュで家に帰りました。 見てはいけないものを見てしまった……と言うわけの分からない恐怖が、走っている間中背中に貼り付いて来るようなイヤな感じが消えませんでした。 翌朝、昨夜の光景をよく思い返してみました。 人目を避けるようにトタンで囲まれた小屋。 無数のお地蔵さまとよどかけや風車。 信じられないほど大量のろうそく。 全てが幻だったんじゃないかと思えました。 でも、そうじゃなかったんです。 あれはたぶん1年後くらいだったと思います。たまたま入った喫茶店に「お化けの住所録」(続・だったかもしれません)という本が置いてありました。そういうのはもちろん好きなので、注文待ちの間にペラペラとめくっていると……一枚の写真に釘付けになりました。 そこには紛れも無い、あのトタンの小屋が写っていたからです。ご丁寧にも中のお地蔵さまの写真もありました。地名も記してあります。八千代市……恐る恐る説明を読んでみました。 「見通しがいいはずなのに、事故の多発する謎の交差点!?」 たたりを怖れた住民が、交差点にお地蔵さまを祭っている……まさにあの場所は「あっちゾーン」だったのでした。 知らなかったとはいえ、その場所にほえほえと近寄って、あまつさえ興味本意で覗き見なんかした私は……幸い、霊障らしきものは起こっていません。ですが、車を買って以来、半年に一度は何かしらの事故に巻き込まれる(大概は貰い事故です)のと、2年前に11トンダンプと正面衝突して、脈拍停止状態までいった(血が半分以上無くなったらしいです)のが、霊障じゃないのかと言えば、もしかしたらそうかもしれません。 あのおかげで廃車になっちゃったし。 懐が痛かった...(^^; をいをい でも、あの現場に行ってから、最初の事故までは4年のブランクがあったんですよね……こういうのも霊障っていうんでしょうか。幸い、最近は2年間なんの事故にも遭いません。でも、油断はしないように毎年、「厄除け地蔵尊」のお守りを貰いに行っています。 そう言えば、厄地蔵さんのお守りを車に付けはじめてから、事故って無いなぁ……御利益ってあるみたいですね。 —————————————- 以上です。 けっこう長文になっちゃいました、済みません。 事故の話はマジです。最初が暴走車の追突(一般道で130Kmだしてたバカもん)、駐車場で停めておいた車に突っ込まれ、信号待ちしてたら、急に前の車がバックして来てバンパーへっ込み。その他自損も二件...(^^;止めが11トンダンプと正面から勝負!でした。 事故聴取をしてくれた警官が、 「普通はあの車の状態なら、100%死んでるぞ」 と言っていたのが、胸に響きました。 頭を、裂けた右のピラーで切って、かなりの出血がありましたが、その他は幸いにも、右足首捻挫、胸部軟骨の骨折で済みました。 九死に一生って奴ですね。 ちなみに、私の廃車 (^^; は、その後警察の事故を伝えるビデオで採用されました。ドライバーはピンピンしてたけどね。山梨県警の使ってるビデオです。もう、変わったかな?そいでは!

第十八夜「食欲の秋」さんぺー談

こんばんわ。Y君の結婚式のスピーチで、私自身があっちの世界へ行ってしまったさんぺーです。 うちの会社(某パソコンメーカの子会社)には変わった人がたくさんいます。その中でもとりわけ変わった性格を持つS田さん。今日はそのお父さんのお話です。 秋ですね。みなさんは山菜は好きですか?私はきのこが最近やっと食べれるようになりました。(昔は嫌いだったのです)私のうちは田舎にあるので、近所の人が秋になるとキノコ取りに精を出すのです。 30年ほど前の秋。S田さんのお父さんはお医者さんでした。結婚してまもない頃に田舎の村の診療所で働いていました。 ある日、村のおじさんが診療所に駆け込んできました。どうやら、隣の家の様子がおかしいらしいのです。とりあえず、その家に行くことにしました。その家に近づいていくと……たしかに変なのです。笑い声ともうめき声ともつかぬ声が時々聞こえてくるのです。その家の引き戸をあけ、近所の人たちといっしょに家に入り……絶句。誰もがその異様な光景に身動きすらできない。 いろりを囲んでくつろぐ家族。ところが普通ではない。部屋は薄暗く、壁には炎の影がゆらめき、夫婦と子供3人の家族のうち、夫を除いた全員がいろりを見つめている。そして時々笑うのです。 奥さんは火がゴウゴウと燃えあがり、なべが見えなくなるほどの炎にたいして薪をくべ続け3人の子供は肩にただれる程のやけどを負いながら、炎を見つめたり、母や近所の人たちに微笑みかけているのです。ふすまの向こうからは「シャァッ、シャァッ・・・」という音。恐る恐る覗いてみると、焦点の合わない目をした夫が包丁を研いでいるのです。しばし、呆然。誰もが恐怖で動けない。そのうちひとりの人が夫に向かって呼びかける。 「○×さん!○×さん大丈夫ですか?」 返事もせずに振り返り、「ニヤリ」と笑い、また包丁を研ぎはじめる。…… もう、何も言えなかった。 その後ろから、近所のおばあさんが現れ、 「あぁ、またかい・・・」 とつぶやいたかと思うと人を掻き分けて、奥さんのほうへ向かっていく。 「何?また?何を言ってるんだ、このババァ?」 そう考えているうちにそのおばあさんが奥さんに話しかけた。 「奥さん、もう鍋は煮えてるよ。ほら火はいいから、外に行こう」 子供たちにも「ほら、あんたがたもいっしょに」 ……というと、奥さんと子供は立ち上がり、外へ向かって歩いていきました。「ニヤリ」と笑って…… そして4人が外へ出たのを確認すると、おばあさんはふすまを開け、 「○×さん、もう、いいよ。包丁は研げたよ・・・」 そうなだめながら包丁を取り上げ、外に連れ出していったのです。その後、家族全員病院に運ばれました。呆然としている皆にむかって、おばあさんは 「毒キノコだよ」 そう言っておばあさんは帰っていきました。家族は毒キノコをたらふく食べたらしいのです。そのキノコの毒は水溶性だったため、最後の一滴のつゆまで飲んだ奥さんが特にひどく、症状が約一週間続いたそうです。 これからの季節。毒キノコの食べ過ぎには気をつけましょう。

第十七夜「本当の危機って?」びしゃん談

最初は、ちょい小手調べってことで、少し「寒く」なるお話をひとつ。 私に、飛び抜けて霊感がある、などとは思っていません。ですが、私のまわりには、その「飛び抜けて」いってしまっている人が数多くいます。そんななかでも、違った意味で非常に印象に残っているお話をひとつ。 さて、今はもう「彼」ではない、以前つき合っていた彼のお話です。その彼というのも、非常に「肝が座っている」タイプで、当時何かにビビる、なんてことは、外見からは、無縁に思わせるところがありました。霊関係の体験も数多かったし。しかし、そんな彼にも、非常に怖かったことがあったというお話です。 その昔、彼がまだ小学低学年のころ、夏休みといえば、田舎のおばぁちゃんの家に連れていかれるのが、常だったそうです。しかし、築年数を一体どのくらい過ぎているのか見当もつかないほど、それはそれは古い家だったそうです。 勿論、トイレは離れになっていました。寝てからは、トイレには絶対行かないと、心に決めてはみたものの、夜中に目が覚めてしまい、強烈な尿意を我慢できずに、しかたなく、離れのトイレに行ったそうです。 トイレに入ると、便器までは一段高くなっており、その床には墨で塗りつぶしたように真っ黒な穴が、まるで自分を吸い込んでしまうのでないかと思わせるように、あったそうです。いわゆる昔ながらの「ぼっとん便所」です。そして、便器と同じ高さに小窓があり、その窓が半分開いていました。そこから、さらさらと、なびいいてくる風。いやがおうにも、小さい子供の恐怖心を、かきたてます。 しかし嫌だと思いつつも、小窓から見える裏庭からつづく竹林が気になってしかたありません。じっと、目を凝らしてみました。……すると、向こうにある竹林からもこちらをじっと見つめる人影を発見しました。 確かに人です。それだけで半狂乱になり、あわててふとんにもぐりこんだそうです。 「あれは、幽霊だ。初めて見た。幽霊といえども、人間っぽかったなぁ、しかも洋服はしましまだったなぁ。」 なんてことを考えているうちに、眠りについてしまいました。次の日、村の駐在所の職員が家にやってきました。その彼の話は、こうです。 「実は昨日、投獄した凶悪犯がおりまして、この近くを徘徊していたそうです。今はもう、捕まっておりますが、強盗殺人犯(しかも一家惨殺)でしたので、被害がなくて本当に良かったです。」とのこと。そして、幼き彼が思ったことは「幽霊じゃなくてよかった。」 でも、私は幽霊なんかより、よっぽどそっちのほうが怖いとおもい、彼の価値観が逆に「あっち」に行きすぎてるからじゃ、などと不信感を彼にあらわにしてみました。 それでは。時間があれば、次回はほんとの「あっちの世界」のお話をします

第十六夜「サイコメトリックママ」さんぺー談

Y君の結婚式のスピーチが楽しみなさんぺーです。 今日はうちの母のおはなしです。 私が生まれる4年前。私が26歳ですので、つまり30年前の夏。女子高校生だったうちの母はいつもどおりに自宅のある、田舎の某駅におりました。そこから自宅までは十数分の道のりです。 当時はルーズソックスなんてものもなく、足取り軽く友人と二人で歩いていました。夏の日の夕方で日も長くて、まだ明るかったのですが、そこに現れてしまったもの。いねむり運転の乗用車。30年前の田舎の道。歩道などあるはずもなく、うちの母と友人やその後を歩いていた人たち数人をはねてとまったそうです。 隣をあるいていた友人は即死状態。うちの母は幸いにして一命は取り戻しましたが、2ヶ月間の意識不明。その間に母は臨死体験をしてしまったらしいのです。母の祖父(つまり私のひいじいさん)に川の向こうから追い払われて意識が戻り、気がついたら夏休みが終わってたそうです。 それからです。あっちの世界に首つっこみはじめたのは。母はとにかく、あっちこっちの話に首をつっこみたがるのですが、何もあっちの世界までつっこまなくても……。 母の知人にHさん(女性)と言う方がいました。その旦那はとってもだらしない人でした。仕事にも、女性にも。Hさんの友人にも手をだしたとか、ださないとか。そんな噂が堪えない人でした。 今から数年前のある日の午後のことです。当時、魚屋で働いていた母は、魚屋の前の道路の向こうを歩いている二人の女性をみつけました。Hさんと、その友人のIさんでした。Iさんも前に出た噂の人の一人だそうです。 ちょうど店が忙しく、店の中から手をふるだけが精いっぱいで、外に行って声をかけることができませんでした。Hさんが母を見ているのですが、どうもいつもの表情とちがうので気にかかっていたそうです。 そして、その日の夕方。仕事が終わり、帰宅してきました。近所の様子がおかしいことに気づいた母。そう。うちの母がだまっていられるはずもない。どんな話にも首をつっこみたがる性格。それは私にも止められない。 近所のおばさまたちに聞き込みを始める母。それから何時間かたって、母が帰ってきました。Hさんが亡くなったそうです。 旦那の事を苦に首をつって自殺をしたとのことでした。 亡くなった時刻は母が魚屋から見た1時間あまり後でした。知人、友人がHさん宅に集まっていました。自殺のため、警察の方も来ていたそうです。 Hさんを布団に寝かせて祭壇も組み一段落ついたところで、Iさんに母は言いました。 「今日、いっしょに歩いてたみたいだけど、 様子が変とか気づかなかったの?」 その瞬間、Iさんは顔が真っ青になり、 「私はたしかにあの場所を歩いていたけど、 一人だったわ。どうしてそんなことを言うの?」 と声を大きく張り上げケンカになったそうです。母は見た。Iさんは知らない。平行線です。 その後わかったことなのですが、Hさんは亡くなる寸前に、カセットテープに今までの苦をカセットテープに録音していたそうです。いつ録音したかは誰もわからないのですが おそらく、録音していた時間と母が見た時間は一致していたのでは? いまだに母とIさんは仲が悪いです。

第十五夜「2段ベッド」さんぺー談

みなさん。はじめましてさんぺーです。これから私の友人Y君の結婚を記念して、彼の体験した「あっちの世界ゾーン」についてお話します。 今から十数年前。某県の某水産高校の遠洋航海に出たときの事件に起因します。 全国ニュースで放映されたかどうかは知りませんが、1人の生徒が他の2人の生徒に無理矢理海に突き落とされ、落ちた生徒が行方不明になった事件がありました。それから数年の後、Y君が「あっちの世界ゾーン」を体験することになるのです。 Y君の学校の寮は2段ベッドになっており、1年、2年と彼は2段ベッドの下の方に寝ていました。ちょうど春休みに入り、3年生は卒業して4月からは新入生が入ってくるため、寮では部屋替えが進んでいました。 2年で寮長をしていた彼は寮の管理者にあるお願いをしに行きました。今年も彼は下のベッドを使うことになってしまっていたため、使っていない部屋があったので、そこを借りれないかどうか確認に行ったのです。管理の方は「いいよ」との返事。「試しに言ってみるもんだなぁ」とよろこんで引越しをはじめました。そこが「あっちの世界ゾーン」だとも知らずに……。 引越しも終わり、夕食をとり、風呂にも入ってもう夜遅くなっていました。 「さて、寝るか」 彼は楽しみにしていた、上のベッドに眠ったのです。何時間たったころでしょう。 「う……」 「か・金縛りだ……」 体力には自信のある彼が微動だにできない。(ちなみに柔道2段)どうしよう……そう考えている間に金縛りが解けた。 「あぁ、そうか。引越しで体が疲れてるんだ」 自分を納得させてまた眠りにつくY君。ところが数分おき、または数十分おきに襲ってくる金縛り。 「何だぁ。いったい俺がいったい何をしたんだ」 意識が遠くなる……。気がつくと朝だった。彼は走った。もちろん管理者の部屋に。 「あの部屋は何だ!」 どなるY君。おびえる管理者。 「やっぱり・・・」 「やっぱり?知っていてだまってたんかい!」 その後の管理者の話を聞いて、また引越しをし直しました。彼が寝ていたベッドは冒頭にお話した事件の突き落としたうちの1人が使用していたベッドだそうです。 それから数年たち、Y君もまもなく結婚することになりました。友人代表のスピーチは私です。それが彼にとっての「あっちの世界ゾーン」にならなければ良いのですが……

第十四夜「小川昌司君から聞いた話」冴婆談

知人の話です。10年ほど前のこと。彼は当時広島でアマチュアロックバンドBのドラムでクールに決め込んでいたらしいです。 夏頃、某日、市の中心地Wライブハウス(地下1F)で、名古屋からの人気ロックGRPの前座を受け持ち、彼もおそらく気張っていたに違い ありません。(彼等は高校生だった) ハウスは超満員! ところでベースドラムで右足を軽快に踏んでいくと、これはその道の方ならわかるで しょうが、リズム毎に後方へずれていきそうになるのですが、腰を前に引き加減にす るとかしてイスを調節するのだそうです。ところがそのライブハウスの狭いステージで演奏中の彼は、(?今日は少し調子がお かしいな)と思ったそうです。彼のリズム毎にイスがなぜか右!の後方にずれていく からです。演奏しながら必死でそのズレを直したそうです。(注:いつものように後 ろならイスを引けるが、右後方からはむづかしいのです。また、ステージ上のドラマ ーの位置もよく思い出してください。) その彼のBバンドの後、彼は着替えてメインの名古屋からのRバンドを観ていたので すが、中盤でバンッ!と演奏が止むこと二回起きてしまったそうです。そのドラマーがなぜがステージ上から落ちてしまって、演奏の中断を余儀なくされた からということ。 皮肉屋は、さも、ありなん、とみたでしょうし、ファンはどうして !?と、思ったでしょう。ようやくそのバンドの演奏もおわったけど、Rバンドのドラマーは真っ青で”何かに 引っ張られて落ちたんだ。ここには何かある!もう広島には来ないぞ!”的発言をし たらしい。 打上げの時、小川君は僕も今思うと引かれて大変でしたというと、その名古屋のバンドのキーボード奏者である超霊感能、一女性が発言しました。”私はよく見えてしまって、広島の平和公園もあの当時の地獄絵図のような惨状が見 えてしまいとても一人で歩けないけど、今夜のステージでは工事用のヘルメットをか ぶってる男性霊が、最初はスピーカーの横にいるのが見えたのよ。その後ドラマーの 後ろに移動していたわ。”と。 そしてちょうどドラマーの後方に地下2Fへの戸があり、そこへ建築工事中に事故死 したらしい霊が引っ張りこもうとしたらしいと。その地下2Fは倉庫用として実在していて、中の空気が生臭いと小川君は言ってまし たが、彼らのことがあって後日もひんぱんに他のGRPも同じ目に会い、ハウスのオーナー がようやくお払いをしていただき、御札を二枚柱に張ったそうですが、半年もたつと 怪現象は再発。その後の事実関係は小川君も音楽関係の為東京へ行ってしまったので分からないとの ことです。 私としての見解は”工事ヘルメット”で解決したと思わず、その男性は事故死ではな く工事中を利用して地下に埋められた(殺人)のではないかと踏むのですが。あるいは他の作業員、監督の過失(殺人と同じでも事故と処理されてしまう)のせい かで。 考えすぎ、、でしょうか。 *注意(本人のプライバシー保護の為に仮名を使用しています)

第十参夜「ZOTTOしたこと」冴婆談

はじめまして。浮遊サーファーの冴婆と申します。 今からおよそ三万年ほど前ですが、すでに夏ともなると怪奇特集を各局で放映して ました。私はまだ初々しい高校生でその系の番組をよく見てました。 ある日怪奇体験者達が野外ステージで体験談を発表するという番組があり、一青年が話したのが怖く て印象に残ったのです。実はその青年の友人の体験談なのですが要約すると…… :友 人はバイクで正丸峠を利用していたが、ある夜白い服の女性に手を振られて(昔は人 に情というものがあった)バイクの後ろに乗せてあげた。ふもとまで来るともう消え て居なかった。別の夜にまた女性が手を振ってるので、正体が分かってるだけに止まらず必死で走り抜けた。そうしたらその女性は、この間は乗っけてくれたやんけとば かりに、その友人のバイクを追っかけて、追っかけて……追いついた!! (話はこの あとピークに達するが省く) :というものなのですが、その後友人は高熱で寝込み、見舞いに行ったその青年に話しを打ち明けたあと、熱がもとで亡くなってしまったとのこと。 私は当時埼玉の入間市に住んでたので、秩父の正丸峠は身近に感じられ怖 いなとよく覚えていました。その年はちょっとした改築で秩父から中年の大工さんが車で我が家まで通ってましたが、(冬になってたかも)ある日何気ないふうに私に独 り言のように言うのです。 ”いやあ、気味イ悪いなあ、このあいだ家に帰るとき夜中なのにさ、女のひとがオレ に手エ振ってるんだよ。周りは何もないし、車でもエンコしたんかなと思ったけど気 味悪いから、止まんなかったよ。” 聞くとその道は正丸峠!!と、言うし、白い服だったと。 私があまりにピチピチのグラマラス美少女だから、気があって(ないない!)からかうつもりなら話しに工夫も凝らしたことでしょうが、いや~パチンコですっからかんよ、的の言い回し。(それ が怖い) 私はというと、以前TVでみたあの”青年の主張”(’~’)?の話しも思い出し、え゜っとっすっかり固まってしまっていたのでした。 たいして怖くなくてごめんなさい。でも三万年前は超怖かったのです。次回は更に怖いお話を約束 します。 『ここからあの峠怪談が生まれた』いたこ28号考察 1998年に冴婆さんが掲示板に投書してくれた怪談です。興味深いのは最近まで私がこの話の原型と、もしくは多くの人々にこの怪談を広め、『峠で追ってくる女』の都市伝説を生んだテレビ番組を探していたのです。投書者と同じく番組を観て、この怪談を聞いたあいまいな記憶があったのです。2022年にやっと番組名と放送された日時が分かりました。 1987年5月17日20時から日本テレビで放送された北野武(ビートたけし)が司会の『元気が出るテレビ』です。目黒にあるお寺の駐車場で番組のセットが組まれ数百人の御客で埋まり盛り上がりました。番組欄には3000人と書かれていますが、これはたぶん数を盛っていると思われます。番組では芸人と一般人を混ぜての本格的な『怪談のショーレース』が行われました。現在行われている怪談ショーレースの形式を日本で最初に開催したと考えられます。元祖怪談ショーレスなのです。怪談史に記憶すべき番組なのです。もし雨が降らずに野球中継が行われていたら……放送されず歴史は変わっていた?可能性もないとはいえないかも。……TABUN。雨が降ってくれてよかった!!!この企画が何度も番組で行われていたら、10年以上早く怪談語りの夜明けが来たかもしれませんよね。 最近このショーレースに参加された方とお話しをする機会がありました。怪談が怖くないと床が抜けて、一般参加者も水の中に落ちるという、令和の時代では考えられない面白い、いや、恐ろしい企画だったそうです。昭和のテレビは何でもありだったんですね。 ちなみに優勝された男性が語った、この怪談のキモは『女が四つん這い』で追いかけて来る怪異でした。この番組から『峠で追ってくる四つん這い女』伝説が日本中で生まれたと言っても過言ではないと考えています。 番組名はテストに出るので覚えておいてくださいね。ええ。

第十弐夜「木曜の夜」夢育美談

確か中学生の時だったと思います。その頃はまだ「ザ・ベストテン」という番組をやっておりました。ちょうど3位の発表の時でしたから、21:40過ぎだったはずです。 二階から、母の私を呼ぶ声が聞こえて来ました。 結構大声で呼んでいました。母は当時鞭打ち症の後遺症で床に臥せっていて、特にその日は風邪をひいて寝ていましたので、何事かと慌てて二階へ行きました。 どうしたの?と尋ねてみると、布団の上で起き上がって、窓の方を指差していうのです。 「ベランダに大月の叔父さんがいるから、早く呼んで部屋に入ってもらいなさい」 え?...私は熱が酷くて幻覚を見たのだろうと思いました。外ではシトシトと雨が降っていましたし、二階のベランダですからそんな筈はありません。 何寝ぼけてるの、と言うような事を言って下に戻ろうとすると、先程より強い怒ったような口調で、 「放っておいたら風邪ひいちゃうでしょ!早く呼んで!!」 と言うのです。私は不思議に思いながらも、母は冗談を言ったりする人ではないので、窓を開けて外を見ました。やはり真っ暗なだけで、細かい雨が部屋からもれる光にきらきらしていました。誰もいない事を告げるとしきりに、さっきはいたのに、と言っていました。私は少しなだめてから寝てもらって、不思議な事もあるものだと思いました。 その日はそれで終ったのですが…… 翌朝、大月の叔父の家から電話がありました。昨夜の9時半頃、叔父が駅の階段で転倒して頭を打って、そのまま昏睡状態だ、という内容でした。それを聞いた瞬間、昨夜母が見たのは、確かに叔父だったに違いないと思いなおしました。 幸い、叔父は一月ほど入院して退院して来ました。くも膜下出血だったそうですが、どうやら命は取り留めたようでした。 母は小さい頃に叔父には特に可愛がられていたようで、結婚後も何かと良くしてもらっていました。私も可愛がってもらった事を覚えています。そんな母に叔父が挨拶に来たのかもしれないね、と母は話していました。 でも、さよならの挨拶じゃなくて良かったね、と言うと笑っていましたが、本当に良かったと思います。その叔父も5年ほど前に、再び襲ったクモ膜下出血でこの世をさりました。今思うと、あの晩、昏睡状態の時に叔父はどんな夢?を見ていたのか、聞いておけば良かったと思っています。 きっと、母に会っていた、と言ってくれる気がして。