第十弐夜「木曜の夜」夢育美談

投稿者: | 2023年5月2日

確か中学生の時だったと思います。その頃はまだ「ザ・ベストテン」という番組をやっておりました。ちょうど3位の発表の時でしたから、21:40過ぎだったはずです。

二階から、母の私を呼ぶ声が聞こえて来ました。

結構大声で呼んでいました。母は当時鞭打ち症の後遺症で床に臥せっていて、特にその日は風邪をひいて寝ていましたので、何事かと慌てて二階へ行きました。

どうしたの?と尋ねてみると、布団の上で起き上がって、窓の方を指差していうのです。

「ベランダに大月の叔父さんがいるから、早く呼んで部屋に入ってもらいなさい」

え?...私は熱が酷くて幻覚を見たのだろうと思いました。外ではシトシトと雨が降っていましたし、二階のベランダですからそんな筈はありません。

何寝ぼけてるの、と言うような事を言って下に戻ろうとすると、先程より強い怒ったような口調で、

「放っておいたら風邪ひいちゃうでしょ!早く呼んで!!」

と言うのです。私は不思議に思いながらも、母は冗談を言ったりする人ではないので、窓を開けて外を見ました。やはり真っ暗なだけで、細かい雨が部屋からもれる光にきらきらしていました。誰もいない事を告げるとしきりに、さっきはいたのに、と言っていました。私は少しなだめてから寝てもらって、不思議な事もあるものだと思いました。

その日はそれで終ったのですが……

翌朝、大月の叔父の家から電話がありました。昨夜の9時半頃、叔父が駅の階段で転倒して頭を打って、そのまま昏睡状態だ、という内容でした。それを聞いた瞬間、昨夜母が見たのは、確かに叔父だったに違いないと思いなおしました。

幸い、叔父は一月ほど入院して退院して来ました。くも膜下出血だったそうですが、どうやら命は取り留めたようでした。

母は小さい頃に叔父には特に可愛がられていたようで、結婚後も何かと良くしてもらっていました。私も可愛がってもらった事を覚えています。そんな母に叔父が挨拶に来たのかもしれないね、と母は話していました。

でも、さよならの挨拶じゃなくて良かったね、と言うと笑っていましたが、本当に良かったと思います。その叔父も5年ほど前に、再び襲ったクモ膜下出血でこの世をさりました。今思うと、あの晩、昏睡状態の時に叔父はどんな夢?を見ていたのか、聞いておけば良かったと思っています。

きっと、母に会っていた、と言ってくれる気がして。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA