第十参夜「ZOTTOしたこと」冴婆談

投稿者: | 2023年5月3日

はじめまして。浮遊サーファーの冴婆と申します。

今からおよそ三万年ほど前ですが、すでに夏ともなると怪奇特集を各局で放映して ました。私はまだ初々しい高校生でその系の番組をよく見てました。

ある日怪奇体験者達が野外ステージで体験談を発表するという番組があり、一青年が話したのが怖く て印象に残ったのです。実はその青年の友人の体験談なのですが要約すると……

:友 人はバイクで正丸峠を利用していたが、ある夜白い服の女性に手を振られて(昔は人 に情というものがあった)バイクの後ろに乗せてあげた。ふもとまで来るともう消え て居なかった。別の夜にまた女性が手を振ってるので、正体が分かってるだけに止まらず必死で走り抜けた。そうしたらその女性は、この間は乗っけてくれたやんけとば かりに、その友人のバイクを追っかけて、追っかけて……追いついた!!

(話はこの あとピークに達するが省く)

:というものなのですが、その後友人は高熱で寝込み、見舞いに行ったその青年に話しを打ち明けたあと、熱がもとで亡くなってしまったとのこと。

私は当時埼玉の入間市に住んでたので、秩父の正丸峠は身近に感じられ怖 いなとよく覚えていました。その年はちょっとした改築で秩父から中年の大工さんが車で我が家まで通ってましたが、(冬になってたかも)ある日何気ないふうに私に独 り言のように言うのです。

”いやあ、気味イ悪いなあ、このあいだ家に帰るとき夜中なのにさ、女のひとがオレ に手エ振ってるんだよ。周りは何もないし、車でもエンコしたんかなと思ったけど気 味悪いから、止まんなかったよ。”

聞くとその道は正丸峠!!と、言うし、白い服だったと。

私があまりにピチピチのグラマラス美少女だから、気があって(ないない!)からかうつもりなら話しに工夫も凝らしたことでしょうが、いや~パチンコですっからかんよ、的の言い回し。(それ が怖い)

私はというと、以前TVでみたあの”青年の主張”(’~’)?の話しも思い出し、え゜っとっすっかり固まってしまっていたのでした。

たいして怖くなくてごめんなさい。でも三万年前は超怖かったのです。次回は更に怖いお話を約束 します。


『ここからあの峠怪談が生まれた』いたこ28号考察

1998年に冴婆さんが掲示板に投書してくれた怪談です。興味深いのは最近まで私がこの話の原型と、もしくは多くの人々にこの怪談を広め、『峠で追ってくる女』の都市伝説を生んだテレビ番組を探していたのです。投書者と同じく番組を観て、この怪談を聞いたあいまいな記憶があったのです。2022年にやっと番組名と放送された日時が分かりました。

1987年5月17日20時から日本テレビで放送された北野武(ビートたけし)が司会の『元気が出るテレビ』です。目黒にあるお寺の駐車場で番組のセットが組まれ数百人の御客で埋まり盛り上がりました。番組欄には3000人と書かれていますが、これはたぶん数を盛っていると思われます。番組では芸人と一般人を混ぜての本格的な『怪談のショーレース』が行われました。現在行われている怪談ショーレースの形式を日本で最初に開催したと考えられます。元祖怪談ショーレスなのです。怪談史に記憶すべき番組なのです。もし雨が降らずに野球中継が行われていたら……放送されず歴史は変わっていた?可能性もないとはいえないかも。……TABUN。雨が降ってくれてよかった!!!この企画が何度も番組で行われていたら、10年以上早く怪談語りの夜明けが来たかもしれませんよね。

最近このショーレースに参加された方とお話しをする機会がありました。怪談が怖くないと床が抜けて、一般参加者も水の中に落ちるという、令和の時代では考えられない面白い、いや、恐ろしい企画だったそうです。昭和のテレビは何でもありだったんですね。

ちなみに優勝された男性が語った、この怪談のキモは『女が四つん這い』で追いかけて来る怪異でした。この番組から『峠で追ってくる四つん這い女』伝説が日本中で生まれたと言っても過言ではないと考えています。

番組名はテストに出るので覚えておいてくださいね。ええ。

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