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第二十八夜「写真」めのじ談

私にしか恐くない場所なんですが、初めて人様にお話します。 ある8月の日、私はむかし撮った写真がどうしても気になって家中を探し回りました。それは山梨県にある忍野八海というところでとった一つの池の写真です。 その写真は真ん中に宇宙飛行士(?)の格好をしたものがくっきりと浮かんでる写真です。ようにみえるというよりは「ある」としかいいようのないうつりかたなのです。 その当時、そこではテレビ朝日のカメラマンのかたがそこでもぐったまま亡くなられ、御遺体がみつかっていないといううわさがあり、そのことがその時とても気になっていたのです。 その時とった別の写真は見つかりました。(偶然七年前いったその日と同じ日付でした。けれどかんじんのそれはみつからないのです。父は完璧に管理するタイプですがその時のネガだけまったくみつかりませんでした。 その後新聞の縮小版で1989年実際あったことだったと知りました。勝手に関連付けているようですが、なんとなくそんな気がするのです。

 第二十七夜「私に見えたもの」ババボン談

『私に見えたもの』HN:愛知のヒロミ君 (女性) ある日、近くに住む友人が一枚のスナップ写真を持って私の家に来ました。その写真は彼女の娘さんを写したものでした。 「この写真の中央に煙りのようなものが写ってるけど、どう思う?」と写真を見せられ、私はじーっと食い入るように見ていて、、、見えたものが、、。 「後ろのカーテンの所に小さな女の子。おかっぱのヘアースタイルでオレンジと紺のカスリの着物を着てるわ。ここに立ってるわ。」私はこう言いました。 「えっ?どこよ……いないわ。見えないもの」と、友人。 「でも私には見えるの……ほらここよ」 「……わからないわ」と、こんな会話でした。 心配をかけていけないと思い、写真の話しはやめて、その後は二人でお茶タイムをしたりしておりました。 そして、一ヶ月後くらいたったでしょうか。その友人から電話があり、 「あの写真!やっぱり心配だったので霊能者に鑑定していただいたの。そしたら貴方と同じこと言ってたわ~!」と興奮しながら話すのです。詳しく話しを聞いてみました。 「着物を着た小さな女の子が写っております。その女の子は娘さんと一緒に遊びたかったのでしょう。だからこの場に霊として現れたのでしょう。」 ……彼女が相談した霊能者はそう告げたのだそうです。

 第二十六夜「四つの恐い体験」上村談

ここに書き込むのは、初めてです。はじめまして、皆さん。上村です。よろしく。 僕のセカンドページ「怪奇現象~」というページを閉鎖することになりました。なぜなら、参加する人がいない事。本家ホームページが氷河期を迎えている事。などと、いろいろな事で、撤退を余儀なくしました。しかし、新しくなってかえってきます。(掲載内容は違いますが。)巨大なリンクサイト!!!を目指しています。 ところで、僕も恐怖体験あります。僕んところから引っ張り出してきましたけど。 小学校4年生くらいの頃に起こった事です。 僕と兄とその友達で、庭にテントを張って泊まった時の話しです。深夜2時47分。時間はしっかりと覚えていました。全員が不思議と目が覚め、ひまだから、小学校に行ってみようという事になりました。 そして学校-- あたりは真っ暗で、非常口や非常ベルの灯かりで、緑色や赤が薄暗く光っています。油の切れたような音がするので、ブランコの方を見ました。すると、少女らしき人影がブランコで遊んでいます。そのとなりに、保護者らしき老婆の形が見えました。 はじめはこんな時間に……と、思いましたが自分たちも似たような物なので、特に気にしませんでした。 が、次に振り向いてみるとその二人は消えていました。生暖かい風が吹きました。 「嫌な予感が・・・」 そう思い、時計を見るとなんと 2時47分で止まっているのです。(故障かと思うかもしれませんが、実際に体験してみるとそんなことを考える余裕はないと思います。) 「そろそろ帰ろう」 そう誰かがいうと、皆 寒くなってきたので帰る事にしました。恐くなって帰ろうと校門へ急ぎました。そこには、あの二人がいました。気が動転したかと思うと、いつのまにか二人は消えていました。 その日は眠る事ができませんでした。あれは何だったのでしょうか。 ---- さらにもう一つ!---- 僕が4~5歳の頃でした。布団の中に潜り込み、うとうと とねむりにつくところでした。そして、【アレ】は現れました。ドアの前に白い人影が見えます。 「ねむいんだなぁ。」 そう考えていました。 次の日。やはりよるに、同じ事が起りました。不思議にことに、そちらの方を向くと消えてしまうのです。そこで、違う場所をむいた状態で、その物体を見ることにしました。すると、顔は見る事ができませんでしたが、白い着物をきているように見えました。 『こわい』と、普通は思うはずです。 しかし、恐怖心よりもなにか落ち着くような気がしました。見守られているかのように。翌日も、それは続きました。 そして、数年後。 家は建て替える事になりました。それ以来、あの物体は現れていません。 ---- おまけにもう一つ!! ---- これは、小学校6年生の時に起った話です。 栃木県.日光--日光といえば東照宮が有名です。今回の事件もここで起きました。修学旅行で、東照宮、華厳の滝、戦場が原・・・数々の有名な場所を訪れ、旅館に泊まることになりました。 そして夜。 枕が変わったからでしょうか。なかなか眠る事ができません。時計を見ると0時を過ぎています。他の人はすでに眠っていました。ふと、ボーっとしていると、どこからか話し声が聞こえます。聞いていると、どうやら隣の部屋からです。 「まあ、いいか。」 そう思っていると、いつのまにか熟睡していました。朝-- 朝会の時、友達に話してみると、背筋がゾッとしました。僕たちが泊まった部屋は3階です。しかも、となりは外なのです。 あの話し声は何だったのでしょう。 ---- そして追伸!! ---- ‘97.11/29-期末テストがありました。今日、最後の国語の時間。テストを書き終わってから、授業時間の残りが20分あまりのこと。あまりにもひまなので、問題用紙の裏に、落書きをしていました。外は、雨が朝からふっています。 「嫌な天気だな。」 そう思っていました。残り5分になった頃、先生がカンニングをしていないか、監視をはじめ、教室中を回り始めました。そして、問題用紙のラクガキをしている最中、横を誰かが通り過ぎました。もちろん見る事はできませんが、誰かが、後ろに向かって通り過ぎました。 「ヤバイ!」 なんて思いながら、ラクガキを消して、前を見ると、なんと、先生は一番左前の机の横にいるのです。数秒で、前に行けるとは、おもえません。 そういえば、足音がしませんでした。これは、前の席に座っている友達も体験していました。 ---- 以上です! もう、この記事たちも成仏できるでしょう(笑)またそのうち来ますね。

第二十五夜「真夜中の銃火」時田八雲談

どうもみなさん、初めまして。 あっちの世界ゾーン、新旧ともども読ませていただきました。そこで、拙くはありますが、私の体験談を書かせていただきます。これは、怪奇現象なのか、心理現象なのかわかりません。単にイっちゃってる私の、幻覚なのかもしれません。でも私自身は確かにアレを見ました。感じました。 それは1、2年前、高校の一年か二年の頃です。 私は自室のベッドで寝ていました。 枕の下の二丁の拳銃、ワルサーPPKとS&Wボディーガードの心地よい感触を楽しみながら。わたしはガンマニアでした。いえ現在もです。もうこの世界にかかずらって10年になります。こっちの方面でもイってたりします。そんなことはどうでもよろしい。 私は寝ていました。ふっと目を覚ましたのです。ドアの開く音が聞こえた気もしました。 眠い目をこすりつつ、首をひねって(私のベッドはドアの方に頭が向くようにおいてある)ドアの方を見ました。 部屋の中はほぼ真っ暗。ドアの方には、女性と思われる影が。 その影が、いくら暗い部屋の中とはいえ真っ黒であることに疑問を持たず、母だと思った私は「オカンか?」と尋ねました。 ・・・・・・・・ 影は沈黙のままです。答えません。気配すらもないのです。私の背筋は凍りました。総毛逆立つ、とでも言うのでしょうか。私は反射的に枕の下に手を伸ばし、装弾数で優るPPKをつかみ、弾倉が空になるまで引き金を引き続けました。 10発を撃ち終えた私は、恐怖にひきつりながら、S&Wに持ち替え、シリンダー内の5発を放ちました。このときはもう、影の方を見ず、ベッドの枠から手を出し、顔は伏せたままのめくら撃ちでした。 弾が壁に跳ね返り、部屋中に散らばりました。 S&Wを撃ち終えた私は、これも無意識のまま、弾倉を開け、床に散らばっているBB弾を拾い、S&Wに詰め始めました。 ここで意識はとぎれるのです。 気がつくと、朝でした。手にはS&Wを握っています。弾倉を開けて、残弾数を確認してみました。5発きっちり、入っています。(夢やったんかな。)と思いました。 ベッドから出て、念のため母に聞くと、私の部屋などには来ていないそうです。 やはり夢か、と思い、部屋に戻ってベッドに腰掛け、枕を上げると、PPKがあります。何の気なしにPPKを手に取り、弾倉を出してみると……カラでした。寝る前にはフル装弾だったはずの弾倉が…… あれは夢だったのか? それとも無意識のうちにS&Wに弾を補充してから意識を失ったのか? 答えは未だ出ていません。 手がかりもありません。 カラになった、ワルサーPPKの弾倉をのぞいて……

心霊写真file.01『消えたモノ』

この写真は撮影者によると某LoftPlusoneWestで撮影したという。折しも『稲川淳二の怪談最恐戦』の大阪予選。被写体の男性は激戦の中で優勝し大阪チャンピオンになった。 赤く囲まれ枠の中を注目して頂きたい。 それでは問題の写真をご覧頂こう お分かり頂けただろうか? 彼の両腕が消えているのである。 実話怪談を激しく語り合った会場に霊が集まり怪異な写真が撮影されたのだろうか。それとも彼の写真から見て右側の男性は、業界でも有名な心霊写真になる男だと言われている。その男性と一緒に映ると怪異な写真が撮影されることが多いという。男性の何らかの霊的な力により怪異な写真が撮影されたのだろうか。そして心霊写真の歴史を紐解くと『体の一部が消えている写真は、その消えた部分に注意しろとの守護霊からのメッセージ』だと言われている。彼の両腕が心配だが、不幸な出来事が起こったのかどうかは……音信不通になり、その後が分からないと情報提供者は我々に語った。 「右回りのドス黒い波動を感じます。非常に危険ですのでネガは此方でお焚き上げしておきます。合掌。」【霊視 零弦在琉世】 あっ……腕を後ろに回している。 ……見なかったことにしょう。うん。

第二十四夜「虫のしらせ?」ことり談

冬の夜のことでした。私はまだ、小学生で、その日もいつもどおり、床につきました。爆睡していた、その時です。いきなり、真横から、すごい勢いで揺さぶられ、目が覚めました。見ると、枕元に母が立っていて、こう言うのです。 「ことり、おばあちゃんが大変なんだよ!」 その頃、母方の祖母は、入院中だったのでした。 「ええっ!」 私は驚いて、上半身起きあがりました。……起きあがったはずなんですが……気がつくと、朝になっていました。 (゜-゜) 「?」 ぼんやりしていると、父が、 「おばあちゃんが亡くなったから、病院に行くよ。」 と、言いました。 「おばあちゃん、死んじゃったの……?」 母は、先に行っている様です。 『お母さんてば、どうして起こしておいて連れて行ってくれなかったんだろう。子供が行っても、邪魔になるだけだからかなあ。それとも、私、あの後、寝ちゃったのかなあ。』 妹と2人で泣きながら、タクシーの中で、そんなことを考えていました。病院に着くと、中から母が青ざめた顔で出てきました。祖母の遺体は、私たちが病院に着くより一足先に母の実家に帰ったとのことでした。 「お母さん、何で起こしてくれたのに、私も連れて行ってくれなかったの?!」 私は、母を責めるように聞いてしまいました。 「何、訳のわからないこと言ってるの。」 母が泣き出してしまい、その場は私も何も言えなくなってしまいました。私たちは、一度家に帰って、出直すことになりました。 私の中で、わきあがる疑問。どうしても、納得できなくて、こっそり父に聞きました。 「お父さん、お母さんは、夕べ、何時に出かけたの?」 「おまえたちが寝て、すぐだよ。電話がかかってきたから。」 おかしい、なんか、おかしい。 「お母さん、ゆうべ、私のこと、たたき起こしたよね?」 「ううん、そんなことしないわよ。」 えっ……でも、そういえば……私が母だと思いこんでいた、あの人。 「おばあちゃんが大変なんだよ。」 って言ってた、あの人。真横から、私を揺さぶったのに、枕元に立ってた。小さい電気をつけていたのに、真っ黒だった。母のドッペルゲンガーだったのでしょーか。まあ、いいけど……このことがあってから、たま~~に変な物見るようになりました。

第二十参夜「扉の向こうに……」チョースケ談

はじめまして!! チョースケです。 すべて読ませていただきました。 ……そこで、僕の話も聞いてもらおうと思ったのですよ。 僕の通っていた小学校の話です。 僕の実家は北海道のへき地にあり(友人によくバカにされる)当然小学校も古かったわけです。なんせ木造ですから。そして、体育館へと続く廊下の途中になにやらわけのわからぬ、扉がありました。誰も入ったことがなく、また、扉についている覗き窓には、中から黒い紙が貼ってあり、見ることもできず、なぞの場所でした。 当然、そこまでするには、理由があるのでしょうが、先生方は何も教えてくれず、見せてとせがんでも、鍵がないと言い張るだけで、承知してくれないのです。何があるのか、また何かありげなその雰囲気に、皆興味しんしんで、夜学校に忍び込んで、そこに入ってみようという話になりました。 (古い校舎でしたから、いかれていて忍び込める場所はいくらでも存在したわけです) 最終的に、人数は4人になりました。これから先はリアルタッチでお楽しみください(笑) <人物紹介> 友人加藤(K)‥‥あっちの世界に、足をつっこんでいる人。 友人志村(S)‥‥霊感まるでなし。強気なだけの役立たず。 友人高木(T)‥‥無感動男。何で来たんだ、こいつ? 本人チョースケ(チョ)‥‥恐がり。とにかく何でも恐い。 チョ 「なぁ、何か出たらどうする?」 S 「いや、逃げるけどね」 K 「そんな簡単に見ないって」 T 「……ティッシュ持ってない?」 4人は慣れたように、壊れた窓を乗り越えあまり危機感もなく保健室に忍び込んだ。 恐がっているのはチョースケだけである。 Sを先頭に、2階の職員室へと向かう。 例のなぞの扉を開けるための鍵の捜索のためである。 職員室自体の鍵は壊れているため、ある開け方をすると簡単に開くのだ(ボロい)。 鍵置き場は比較的すぐに見つかった。……というか、壁にかかっていた。 鍵にはプレートがついていて、教室名が書いてあった。 4人は聞いたことのない鍵を一つ探し出し、それを持って職員室を出た。 S 「明日って、理科のテストだったよな」 チョ 「後で、担任の机の中から盗ってこうぜ(笑)」 その時の4人に、その後何が起こるかはわかるはずがなかった。 4人は、恐怖と期待のために、無言のまま……というわけはあるはずがなく、関係のない話をしてゲラゲラ笑いながら、体育館へと向かった。 真っ暗な中、唯一の明かりである、高木の持つ懐中電灯がほの赤く光っていた。 ブキミである。 さすがに体育館へと近づくにつれ、口数は減っていった。 ……そして例の扉が見えてくる。 皆、意識しているため、そこからは視線を外し、下を向きながら歩いていく。 とりあえず、少し遠くから光をあててみた。 覗き窓にはあいかわらず、視界を閉ざす黒い紙。 扉の前に立って、鍵穴に鍵を入れ…… K 「‥‥あいた‥‥」 加藤の声が変に廊下に響いた。鍵を凝視していた4人の視線は、自然と黒い紙の貼られた覗き窓に向かう。 そう、黒い紙の貼ってある…… 皆 「わぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」 覗き窓には、見えないはずの人の顔が。 僕らは先を急ぐように、壊れた窓を目差して全速力で走りました。 そして運悪く、忘れ物を取りにきた隣のクラスの担任につかまってしまいました。 見つかってしまったのは、非常に不本意だったのですが、僕ら4人だけでいるのはそれ以上に恐かった(なにせ、あの無感動男の高木も大泣状態だったのだ)ので、大嫌いな、その先生でしたが4人で一緒に飛びつきました。 その日は、隣のクラスの担任に送られ、無事に家にたどりついたのですが(当然親には怒られた)、恥ずかしながら(他の4人は知りませんが)一人では眠れず、母親と一緒に寝たのを覚えています。 翌日、大騒動になっていたのは、言うまでもありません。 なにせ小さい学校ですから、多少のことでも校長先生のお叱りを受けるのです。 僕らは親同伴で登校し、そのお叱りを受けました。 そしてその後、担任の先生から、あの謎の部屋のことをこっそり聞いたのです。 それによると…… 二十数年前のこと、学校にある女の子が転入して来たそうです。その頃、あの謎の部屋はトイレとして使用されていたそうですが、それでもそこを使用されるのは、体育の時ぐらいだったそうで、普段はあまり使用されていませんでした。 ところで、その女の子、時期外れの転入生だったこともありましたが、元来とても内気な性格だったこともあり、なかなか友達の輪に入ってもゆけず、みなにいじめられていたそうです。 そして夏休み前日、いつものいじめで、その女の子は体育館脇のトイレ……そうあの謎の部屋へ閉じ込められてしまったのでした。 あまり、使用されることのないトイレだったこともあり、用務員のおじさんも見回りを怠り、当然閉じ込めた本人たちもこれからの長期休暇に夢中で誰一人として、女の子に気づく人はいませんでした。 忘れられてしまった女の子は、そのままトイレに閉じ込められ…… 新学期前日、長い夏休みのあと、体育間の掃除にやってきた用務員のおじさんによって、女の子は発見されました。 ……変わりきった姿で (両親は離婚まぎわの危ない状態だったため、家に帰らないことはしょっちゅうで、どちらも自分の子供に興味がなく、夏休みということもあり、また祖父母の家にでも泊りに行ったんだろうとしか考えなかったそうで、捜索願いも出されていませんでした。) それからは、そのトイレが使用されることも全くなくなり、今にいたるのだそうです。 そして担任の最後の言葉に僕らは耳を疑いました。 担任「あのトイレに鍵がついてただろ?その鍵もどっかに紛失したまま、見つかってないんだよ」 ……僕らの使ったあの鍵はなんだったのでしょうか!? 気がついて探してみましたが、4人とももう持ってはいませんでした。

第二十弐夜「空白の4時間」夢育美談

前回「八千代」で”夜中のサイクリング”という奇行を紹介させて頂いた夢です。 毎年11月3日の「文化の日」にはサイクリングに行くと中学生の頃から決めている私は、大学2年のその年もやっぱり出かける事にしました。しかも、「夜中のサイクリングバージョン」で。「八千代」の話の後のことです。 急に思い出したように11月2日の晩に、寝袋を持って、ダウンジャケットを着こんで出発。今回は無謀にも、「房総半島一周」を企てました。先ずは九十九里浜に向かいます。夜中になる前に海岸に着きました。 夜の海って、真の闇に波の音だけ(しかも荒れてる)が響くんです。これだけでも下手なオバケ屋敷より数段恐い。その上、何故か巡回中の警官に追いかけられそうになったりと(笑)、どきどきです。 暫く休んで、そのまま外房沿いに南下し、大網白里、鯛の浦、などなど……。途中ヤンキー軍団の溜まり場のゲーセン脇を通過したり(マジびびった)その人達の暴走行為中と出くわしたり、「こっちの世界」の恐怖を堪能しました(爆)。 途中でコンビニ帰りのご夫婦からパンとコーヒーを差入れされたり(夜中の2時頃でしたけど)、タクシーの運転手に声を掛けてもらったり、人のありがたみも感じました。うーん、まだまだ捨てた世の中じゃないぞ(笑)。 翌日のお昼前には南端の千倉に着き、昼食を食べながら一休み。休んでいた公園にいた、小学生の男の子たちとドッジボールをしたりして遊びました。今思えば、この体力消耗がいけなかったのです。帰路はかなり疲労が激しく、緩い上りであるのも手伝って、かなりのペースダウン。まぁ、睡眠も取ってませんし、無茶なんですけどね。 しかし、何とか家まで帰らないと、翌日講義があります。必死にこぐペダル。沈んでいく夕日。館山を過ぎた頃には、日が暮れていました。 そのまま16号を行くのは交通量から危険と判断して、一路「茂原経由」のコースを取りました。 これがまたキツイ。途中まで結構な上りでした。内房沿いから、少し半島中心に向かうコースです。 辺りは人家もまばらで、クツワムシのがしゃがしゃという鳴き声だけが響きます。もう眠くて疲れて、1秒でも早く家に着きたい、布団で寝たい、それだけを考えて走りつづけました。そう、自転車をこぎながら、半分以上眠っていたんですね。 記憶しているのは、真っ暗な道で、消防団の詰め所? みたいなところの前の水道で眠気覚ましに顔を洗ったところまででした。その次に気がついたのは、なだらかな下りで、綺麗に舗装された道路、真新しい芝生、そして明るい水銀灯。気が付くとイチゴの無人販売小屋の前で、左足を付いたまま停車していました。あれぇ、さっきまで必死に登ってたはずだけど……真っ暗だったよな……記憶を手繰っても、全く思い出せません。そして時計を見ると、最後に確認してからおよそ4時間が経過していました。取り敢えず自転車を降り、のどが渇いていたのでイチゴを買って(300円払いました(笑))、おいしく戴きました。 時間は夜中の11時くらいだったと思います。場所が分からないので、地図を出して電柱の番地で確認しました。 四街道市……駅が近い……え!? な、なんでこんなとこに居るんだぁ?? 自分の感覚では、4時間経っているのもおかしいんです。 五分くらいしか経過していないような時間感覚。 しかし、場所は確かにはるか先まで移動している。 それも、「初めて走る」道を。 一体どうやってここまで無事に着いたのでしょう? 地図を持っていたので、見ながら来たのだとは思います。 しかし、その間の記憶が…… 道は一本道のはずがありません(地元の方分かりますよね)。 車だって、走っているはずです、数は少ないでしょうけど。 これが「帰巣本能」なのでしょうか。 極度の疲労と朦朧とした意識で、野生の力に目覚めたのでしょうか。 そりゃ、酔って記憶を無くした事くらいはありました。 しかし、これ程理性的な行動をとれるモノなんでしょうか? 初めての道を、地図を頼りにゴール目指して自転車をこぐ。 そしてもう一つ。 記憶にあるまでのペースから考えると、およそ3倍近いスピードで走っていないと、4時間で四街道まで行けていないのです。 これはどう考えるべきなのでしょう? まったく謎のまま、無謀な34時間の房総一周サイクリングは終了しました。 翌日の講義は、もちろん爆睡です(笑)。 思ったより筋肉痛にはなりませんでした。 サドルで擦れたお尻が痛かったですけど……(^^; これもやっぱり、「あっちの世界ゾーン」の一つと言えるのではないでしょうか。 —————————— 以上です。 恐い話ではないですけど、不思議な話ではないかと思っています。 自分にとっては一番の謎です。 あの4時間、自分はどうしていたのだろう? それを想像すると、恐い想像をしてしまいます(笑)。

第二十壱夜「体験した恐い話」コジローLv9談

コジローLv9は高校生のころ寮に入っていました。 そんなある日の消灯後の深夜……。 夜遅くまで勉強していたコジローLv9は寝る前に「うんこ」をするためにトイレに行きました。 ちなみにこのトイレの一番奥の密室はガラスの窓(当然曇りガラス)があり、窓を開けることによって夜景を楽しみながら用を足せるという特権がありました。しかも、コジローLv9が入ったトイレは4階。そこから見渡せる夜景はまさに絶景です。 しかし、コジローLv9は夜景を楽しむ趣味がなかったので奥から2番目の密室に入りました。こんな夜遅くに起きているのはコジローLv9だけです。寮は不気味に静まりかえっていました。っと突然!! 「ガラガラガラァーーーー!!!」 っという激しい音と共に一番奥の密室の窓ガラスが開くではないですか! いくら「うんこ」に夢中になっているとはいえ、誰かが入ってきたのに気づかないほどコジローLv9は鈍感ではありません。 「外から誰かが窓ガラスを開けたのか?」 っとそんな考えがコジローLv9の頭に浮かびましたが、コジローLv9を脅かすためだけに、こんな真夜中にしかも4階の窓ガラスの枠にへばりつくという危険をおかすでしょうか? 「はぁー!これは怪奇現象か?!それとも夢かぁ?!」 っと混乱しているコジローLv9をよそに再び激しい 「ガラガラガラァーーー!!」 っという音と共に窓ガラスは閉まりました。 出るものも出なくなったコジローLv9は慌てて隣の密室へ行き、窓ガラスを開けようとすると……。 鍵がかかっている!! 鍵を開けて外を見ても当然誰もいませんでした。 あの窓ガラスが開いた音はいったい何だったのか? その謎は未だに解決されていない。

第二十夜「太鼓の音」魔美談

私はとっても怖がりです。 でも怖い話は大好きです。そんな私が体験した怖い話です。だから当然実話です。 高校生の頃の話です。私の地元は超の付くほどの田舎です。電車は2時間に1本です。そんな事はどーでもいいか・・・。 ある夜11時頃遠くから太鼓の音が聞こえました。部屋で1人本を読んでいた私は耳をそばだてるのですが、祭囃子のようにも聞こえるものの、遠くから聞こえるためはっきりとは聞くことはできません。田舎ですから離れた地区の人達が祭りの太鼓の練習でもしているんだろうと思って気にも留めませんでした。そろそろ寝ようか、私はあっちの世界に足を踏み入れているとも知らずにそのまま布団に潜り込みました。 それからすぐに私は金縛りにかかりました。 初体験は中学生。もう慣れたものです。ほうっておけば解けるだろう、安易な気持ちで構えていました。ふと、太鼓の音がどんどん近づいて来ていることに気が付きました。 これはやばい、あっちの人達と接触するのはゴメンだそう思って目を硬く閉じ解けることを待ちました。しかし一向に解ける様子はなく太鼓の音はもう私のそばにまで来ています。あまりの恐怖にどうすることも出来ず当然金縛りだから指も動きません。助けを呼びたくても声も出ません。その時ふと中学時代憧れていた人のことを思い出しました。 彼は般若心経が好きでした。 何とかなるか、一か罰かの気持ちで心の中で唱えました。 まかはんにゃーはらみた、じーしょうけんおんかいくう・・・・・・・・・・・ だんだん金縛りの力がよわくなっていきました。 楽勝、私は心の中でVサインを出していました。 太鼓の音は少しづつ離れて行き金縛りももう解けそうです。 どこまで唱えたのでしょうか、もうすっかり記憶の隅に追い遣った憧れの人with般若心経。曖昧になっていき、ついに経文が全く思い浮かばなくなりました。 やばい、そう思った瞬間足のつまさきから頭のてっぺんまで細い紐でらせんじょうにぐるぐるまきにされるような衝撃をうけました。そして今まででは考えられないような強い力。今までいろんな体験したけどけど、こんなすごいのはじめて。などとかわいいことを言ってる暇はありません。太鼓の音は部屋中に響き私の頭は割れそうです。 だめだ連れていかれるーーーーーーー ;_; 私は覚悟を決めました。このまま引っ張られてあっちの世界に行くことを。こんな事で死ぬなんて人間の命ははかないもんだい。心の中の私は、さいごの力を振り絞って叫んだつもりでした。 連れてく気なら連れてけーーーーーー >0< その時突然金縛りは解けました。太鼓の音は段々離れていき終には聞こえなくなりました。私はしばらく呆然としていました。そのうち眠りにつきました。 次の日の朝、母親にその事を伝えると母親は全く信じてくれませんでした。それもそのはず、季節は冬。お祭りの練習などあるはずも無く、まして太鼓を11時過ぎにたたくなどということは近所の手前何処の地区でもやらないと…… あれはなんだったんだーーーーー @0@; いまだに太鼓の音を聞くとあの夜を思い出しとても怖くなります。 今後私をもしあっちの世界に連れて行きたいのなら手荒な真似は止めて欲しいです。